医療判例研究|脳ヘルニアによる死亡|医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

医療判例研究|脳ヘルニアによる死亡

横浜地裁平成29年6月8日判決(判時2400号13頁)/東京高裁平成30年3月28日判決(判時2400号5頁)

医療判例研究|脳ヘルニアによる死亡
横浜地裁平成29年6月8日判決(判時2400号13頁)
東京高裁平成30年3月28日判決(判時2400号5頁)

文責:弁護士・医学博士 金﨑 浩之

事案の概要

嘔吐・下痢等を愁訴として、長野県内の病院に深夜救急搬送された男子中学生が、同日の早朝に脳ヘルニアによって死亡したことについて、その母親が検査義務違反・経過観察義務違反等を理由に病院に対し提訴したところ、1審は原告の請求を棄却したが、控訴審は請求の一部を認容し、判断が分かれた事案である。訴額は、7173万2679円と高額である。

第2 事実関係(1審、2審共通)

1 診療経過

(1) 原告の息子である男子中学生Bは、事件当時、原告と離れ長野県A市内(長野市外)で、祖父C、祖母D、叔父Eと同居して生活していた。

(2) Bは、平成21年10月3日深夜、嘔吐・下痢・頭痛の症状を呈したため、E(第1通報)及びD(第2通報)により、同月4日午前0時28分頃から午前0時34分頃にかけて、救急車が要請された。
第1通報では、Bの症状として、頭痛・嘔吐・下痢を伝えるとともに、以前にも救急搬送されたことがあることを伝えていた。第2通報は、以前も具合が悪くて別の病院で診てもらったことを伝えるものであった(具体的症状は伝えていない)。

(3) 同日午前0時37分頃、Bの自宅に到着した救急隊員は、E(叔父)の案内でトイレに行き、Bがズボンとパンツを下ろして便座に座っているのを現任した。
Bが救急車に乗車した際、D(祖母)は、救急隊員に対し、以前、かかりつけの病院で片頭痛と診断されたこと、かかりつけの病院は個人経営で不安があり、公的な病院に搬送してほしい旨話した。
救急隊員は、直近の総合病院にBの症状を伝えて収容依頼をしたが、小児科の当直医がいなかったため断られ、被告病院に収容依頼をしたところ、小児科医が当直医であったため、了解を得て、被告病院に向かった。
Bは、救急車での搬送中、救急隊員から「頭が痛いか」と尋ねられ、首を振り、気持ちが悪いと答え、嘔気を示した(嘔吐なし)。
Dは、救急隊員からBの既往について尋ねられ、かかりつけの医師から、病名は不明であるがホルモンバランスの関係があると言われたことがあると答えた。

(4) 救急隊員は、上記の聴取結果を踏まえ、搬送先病院に対する傷病者情報連絡票に、「19時頃より嘔気、下痢、5回ほど嘔吐(食物残渣等)と記載し、片頭痛の文字を二重線で消し、その脇に「ホルモンバランス等」と書き加えた。

(5) Bは、同月4日午前1時16分頃、被告病院に救急搬送された。

(6) 被告医師(当直医)は、Bが搬送された際、救急隊員から、「前日午後7時頃から嘔気があり、午前0時30分頃から嘔吐、水様性下痢がある」こと等の引継ぎを受けた。
Bとしては、収容依頼があった際に、主症状が嘔吐・下痢・頭痛であると聴いていたため、腹痛ではなくなぜ頭痛なのかと違和感を感じていた。そこで、救急隊員に対して、頭痛について尋ねたが、救急隊員は、そのような訴えはなかったと回答した。

(7) 被告医師が、Bに対して、頭痛の有無について尋ねたところ、Bはこれを否定した。
被告医師は、その後、午前1時43分頃までに聴診や触診を実施したが、当初頭痛があったことに関し、外傷性クモ膜下出血を除外するために、項部硬直・ケルニッヒ徴候を確認したが陰性。主症状は嘔気・嘔吐・下痢であり、頭痛の症状は消失していることから、ウイルス性の急性胃腸炎と診断し、吐き気止めの座薬を処方した。患者の意識レベルは、GCSではE4、V5、M6、JCSでは0であった。血圧、脈拍、呼吸数、酸素飽和度は正常値。
なお、この時、D(祖母)は、救急室内に呼び入れられ、被告医師から来院経過を尋ねられたので、「頭痛や嘔吐で2、3回ほどかかりつけの病院を受診して検査をしたが、思春期のホルモンバランスが安定しないための症状か片頭痛だろうと言われた」と答えた。
これを踏まえて、被告医師は、Bの頭痛は一過性の片頭痛によるもので、特段の治療は必要ないと判断した。

(8) 看護師が座薬を投薬した際、肛門周囲が汚れていたので、「下痢をしていたんだね」と述べた。
座薬を投与した後、Bは、「気持ちが悪い」と言って嘔吐した。被告医師は、症状がまだ改善していない可能性を考慮に入れて、血液検査をし、点滴をして、暫く経過を観察することにした。Bは点滴の最中、眠っていた。

(9) 午前3時23分頃、点滴が終了し、被告医師が眠っていたBを起こしたところ、Bは「頭が痛い」と言いながら起き上がった。被告医師は、この頭痛に関し、眠っていたところを突然起こされたための生理的なものと考えた。
被告医師は、看護師から嘔吐等の症状がないことを確認できたため、帰宅を許可した。

(10) 点滴終了後は看護師が対応した。Bは自力でベッドから立ち上がったが、元気がなく、足下がふらついていた。看護師は、前日、Bの通う中学校で文化祭があったと聴いており、Bの様子は眠気によるものと考えた。そして、D(祖母)とともにBの両脇を抱えて歩いた。

(11) Bが被告病院の玄関付近に来たとき、Bが「吐き気がする」と述べたため、看護師は、ティッシュを取りに行った。看護師が戻ると、Bは玄関付近に置いてあった車椅子に座り、ハンドルを支えにしてうつ伏せになった状態で、足元には嘔吐の跡があった。
Bは、車椅子から動かなかったので、C、D及び看護師の介護によって自家用車の中に運びこまれ、自宅に向かった。

(12) C(祖父)、D(祖母)、及びB(患者)は、同日午前5時頃、自宅に到着した。Bは後部座席で横になった状態で起こそうとしても反応がなかった。そこで、Cらは、毛布と枕を車内に持っていき、Bの体にかけて自宅に戻った。Cらは何度か車内のBの様子を見に行った。

(13) Cが午前10時30分頃、Bの様子を見に行ったところ、Bは顔面蒼白でチアノーゼが出現しており、呼吸もしていなかったので、再び救急車を呼んだ。

(14) Bは、10月4日、午前11時30分頃、他院に搬送されたが、既に心肺停止状態で、午後0時30分頃、死亡が確認された。

2 その他関連事実(Bの既往歴)

(1) Bは、平成21年6月頃(約4ヶ月前)、嘔吐・頭痛の体調不良により、他院で片頭痛と診断された。

(2) Bは、同年9月21日夜(12日前)、頭痛・嘔吐で他院に救急搬送され、点滴と血液検査を実施した。片頭痛が疑わしいとされ、次回の受診を1ヶ月後とした。

第3 争点(1審、2審共通)

1 争点(1) 本件搬送時の検査義務違反の有無

(1) 原告の主張
① 搬送時、Bには、頭痛と嘔吐(食事と関連性なし)があり、下痢はなかった。被告医師は、頭痛の有無について、Bにもその家族にも確認していない。したがって、担当医師には、頭痛と嘔吐の併存というBの症状を見落とした過失がある。

② 小児患者に頭痛と嘔吐が認められる場合には、頭蓋内圧亢進を疑って、頭部CT検査を実施すべき義務がある(医学的知見)。そして、Bには、搬送時、頭痛の他に食事と関連性がない嘔吐があり、頭蓋内圧亢進の疑いを否定できる所見もなかったのであるから、被告医師は、頭蓋内圧亢進を疑って、頭部CTを実施すべき義務があるのにこれを怠った。

③ 仮に、搬送時に頭痛が消失していたとしても、頭蓋内圧亢進による頭痛は、嘔吐すれば寛解するのであるから(医学的知見)、頭蓋内圧の可能性を否定すべきではない。

(2) 被告の主張
① 搬送時のBの主症状は、嘔吐・下痢という消化器症状であり、頭痛は治まっていた。意識障害その他の神経学的所見もなかった。

② Bは、遅くとも平成21年8月下旬頃から、頭痛の症状を訴えており、他院で片頭痛という診断も受けていた。

③ Bの嘔吐症状は食事と関連性があり、噴出性の嘔吐でもなかったのであるから、頭蓋内圧亢進については否定的であった。

2 争点(2) 本件退院時の検査義務違反または経過観察義務違反の有無

(1) 原告の主張
① Bは、退院時、被告病院の玄関脇に置かれた車椅子に座り動けなくなり、再度嘔吐するとともに、C、D、看護師の3人で車に運び込まれた状況であったのであるから、ウイルス性の急性胃腸炎では説明ができない症状で、何らかの重篤な疾患を疑うべきであった。

② この状況を現認した看護師は、患者の退院時の症状を被告医師に伝えるべき注意義務があった。

③ 被告医師は、帰宅までのBの観察を看護師に委ねている以上、同看護師に対して、帰宅の可否に関する情報を報告するように指示するべき注意義務があった。

(2) 被告の主張
① Bには、点滴が終了し、被告医師から帰宅許可が出るまでに、頭蓋内疾患を疑わせる所見はなかった。声掛けに応じているし、何らの意識障害も認めなかった。

② 病院の玄関付近の車椅子に座り込み、嘔吐したことや、自家用車に運ばれたことは、極度の疲労によるものと判断される。救急車を要請するほどの嘔吐・下痢症状に見舞われたのであるから、強い疲労感があったと考えられ、また、点滴が終了した時刻も強い眠気に襲われる時間帯であった。

3 争点(3) 因果関係の有無

(1) 原告の主張
① 平成21年10月4日午前8時頃の時点で、家族によって、Bの生存は確認されている。

② 平成21年10月4日午後1時51分に撮影されたCT(死後CT)において、頭蓋内に囊胞が存在していたことから、本件搬送時に既に頭蓋内圧が生じていた可能性が高い。

③ 仮に、本件搬送時において、CT検査を施行していれば、囊胞性病変による頭蓋内圧亢進と診断できたはずであり、そうすれば高張液(マニトール、グリセオール)の投与や脳室ドレナージ・除圧開頭術によって脳圧をコントロールして必要な検査及び内科的・外科的対応が採られていれば、Bを救命することができた高度の蓋然性がある。

(2) 被告の主張
① 囊胞内出血が生じた時期が仮に被告病院在院中であった場合、Bには頭蓋内圧亢進が急激に進行し、退院時には不可逆的な脳障害が生じていた可能性があると考えられるので、Bの死亡を避けることはできなかった。

マニトールは、急性頭蓋内血腫の場合は禁忌とされ、グリセオールは半数以上の症例で効果が得られていない。

③ 脳室ドレナージや除圧開頭術等の外科的処置が可能であったとする根拠がない。

④ 仮に平成21年10月4日午前8時頃にBの体が温かかったからといって、脳ヘルニアによって直ちに絶命するわけではないから、救命可能性の根拠にはならない。

第4 第1審(横浜地裁平成29年6月8日判決)

1 判決

請求棄却

2 死亡原因(争いなし

(1) Bの全身に対して実施された死後CTによれば、Bには明らかな外傷はなく、左側脳室内に直径9cm程度の内部に出血を伴う囊胞が認められ、囊胞による脳幹圧迫の所見も認められる。

(2) Bの直接の死因は脳ヘルニアであり、脳ヘルニアの原因は、頭蓋内囊胞性腫瘤と診断された。

3 争点(1)-本件搬送時の検査義務違反の有無

(1) 結論
被告医師がBを診察した際に、頭蓋内圧亢進を疑わせる症状があったことを認めるに証拠はなく、Bの症状はウイルス性の急性胃腸炎で、頭痛症状は一過性の片頭痛であると判断したことが、医学的に不相当であったとはいえず、Bの頭蓋内圧亢進を疑ってCT検査を行うべき注意義務があったとはいえない。

(2) 理由
① 本件搬送時にはBの頭痛は消失しており、被告医師が問診をした際も、Bの頭痛は消失したままであった。
② 被告医師は、救急隊員から、Bに嘔吐・下痢の症状があったという引継ぎを受けている。
③ GCS、JCSでは、いずれも最も意識障害が低い数値を示している。
④ 被告医師は、外傷性クモ膜下出血を除外するために、項部硬直・ケルニッヒ徴候を確認したが異常はなかった。

4 争点(2)-本件退院時の検査義務違反または経過観察義務違反の有無

(1) 結論
被告医師に、本件退院時にBの意識障害・頭蓋内圧亢進を疑ってCT検査等を実施すべき注意義務があったとは認められない。

(2) 理由
① 点滴終了後に「頭が痛い」と言いながらBが起き上がったことを理由に、被告医師が一過性の片頭痛と判断したことが医学的に不相当なものであったとはいえず、この発言のみから改めて頭痛の原因を検討すべきであったとはいえない。
② 異常があれば、CやDからその旨の申告があってもおかしくないことを考え併せると、被告医師が看護師に対して、Bの様子を報告するよう指示すべきであったとはいえない。
③ 看護師が被告医師に対して、Bの様子を報告すべき義務があったとも認められない。
④ 経過観察をしたのみで、脳ヘルニアの発症を防げたとも考えられない。

5 争点(3)-因果関係の有無

判断なし。

第5 第2審(東京高裁平成30年3月28日判決)

1 判決

一部認容(認容額3260万5763円)

2 死亡原因(争いなし)

(1) 司法解剖の結果によると、
① Bの左大脳半球側頭葉に脳室とは連続しない、比較的厚い皮膜で覆われた6cm大の囊胞が占拠していた。
② 囊胞内に2cm大の腫瘍性病変が確認された。
③ 右大脳半球が腫瘍を伴う巨大な囊胞によって、極めて高度に圧排されていた。
④ 腫瘍に対する組織学的検査の結果、粘液乳頭状上衣腫の組織像に該当する。
⑤ 囊胞内の出血量は、200ml。囊胞内部は空洞となっていた。

(2) 上記から直接の死因は、脳腫瘍。

3 争点(1)-本件搬送時の検査義務違反の有無

(1) 結論
被告医師には、Bの頭蓋内圧亢進を疑って、CT検査等を実施すべき注意義務があった。

(2) 理由
① 本件囊胞による圧排が頭蓋内圧亢進状態をもたらしたものと推認できるから、本件搬送当時、既に頭蓋内圧亢進を発症していたものと認められる。
② 医学的知見によると、頭蓋内圧亢進は、ア)頭痛、イ)嘔吐、ウ)視力障害の3徴があり、加えてエ)意識障害を伴う事がある。
Bは、平成21年8月20日頃、頭痛が2日間継続する症状に見舞われ、悪心・嘔吐と光がまぶしく感じられる状態であったというのであるから、上記3徴がいずれも発現していた。
③ 医学的知見によると、頭蓋内圧亢進においては、嘔吐すると一時的に頭痛は寛解し、食事ができるという特徴を有する。
④ 医学的知見によると、小児では、頭痛と嘔吐が3回続くと腫瘍があると考えるべきである。

4 争点(2)-本件退院時の検査義務違反等の有無

(1) 結論
被告医師には、退院時のBの様子について、自ら観察するか、看護師に対して、異常があった場合には、直ちに医師に報告するように指示すべき注意義務があった。
看護師は、Bの状態の悪化について、医師に報告すべき注意義務ないし対応について医師の指示を受けるべき注意義務があった。

(2) 理由
① 点滴終了後、Bは、「頭が痛い」と言いながら起き上がった。
② Bは退院の際、足元がふらつき、看護師とBに支えられながら歩いていた。
③ Bは、病院の玄関先にあった車椅子に座り込んで動かなくなり、再び嘔吐した。
④ Bは、看護師とC、D3人に抱えられて自家用車に運ばれた。
⑤ 頭蓋内圧亢進の症状として、意識障害があげられるところ、Bが動けなくなった原因は、意識障害にあった可能性がある。

5 争点(3)-因果関係の有無

(1) 本件搬送時の検査義務違反との因果関係
-結論-
本件搬送時において、Bに頭部CT検査などを実施して適切な治療を開始していれば、Bを救命できた蓋然性があると認められる。

-理由-
① 上衣腫は、脳室壁を構成する上衣細胞から発生する良性腫瘍で、摘出により治癒可能である。
② 本件搬送時に血圧の低下は顕著ではなく、発現、呼吸もしていたのであるから、最悪(不可逆低的)の状態には陥っていなかった。
③ 頭蓋内圧亢進は、神経画像で診断でき、頭部CTを実施していれば、囊胞所見を発見できた。
④ 頭蓋内圧亢進に対する治療として、高張液(マニトール、グリセオール)の投与や脳室ドレナージ又は除圧開頭術を行えば、脳圧をコントロールできた。
⑤ 被控訴人らは、本件囊胞が出血を伴っていたことから、悪性腫瘍である可能性が高く、予後不良であった可能性が高いと主張するが、Bの上衣腫が悪性であったことを示す証拠はない。

(2) 本件退院時の検査義務違反等との因果関係
-結論-
遅くとも本件退院時において、頭部CT検査などを行って治療を開始していれば、Bを救命できた蓋然性を認めることができる。

-理由-
① 午前8時にBの生存が確認されていることから、午前3時半の退院時において頭部CT検査実施すれば、囊胞所見を発見することができ、その場合、頭蓋内圧亢進状態に対する緊急処置として、高張液の投与を行いつつ、脳圧ドレナージや除圧開頭術などの準備をする時間的余裕があったと推認される。
② 被控訴人らは、当日の宿直体制で、緊急開頭術を実施することは不可能であり、搬送先を探し出し、囊胞摘出を実施するには時間がかかることを理由に救命は困難と主張するが、前記投薬等によって頭蓋内圧亢進の進行を遅らせることができたはずであるし、その間に搬送先を探し出すことは、救急医療の体制上想定されていたというべきであるから、上記の事情を理由に救命の蓋然性を否定するのは相当でない。

6 損害-素因減額

(1) 素因減額:5割

(2) 理由
本件搬送時には、Bの頭蓋内圧亢進は相当程度進行し、肥大化した囊胞が存在していたこと、被控訴人らは、深夜に救急搬送されたBに対して、取り急ぎ救急医療をほどこしたものであることなどを総合考慮して、公平の見地から5割の素因減額が相当。

第6 裁判所が認定した医学的知見

1 1審

(1) 頭蓋内圧亢進
① 頭蓋内は、頭蓋骨という固い容器に、脳・髄液・血液が存在して内圧を規定している。
② 腫瘍・炎症・浮腫などによる脳実質の体積の増大や、血腫の存在、髄液の産生増加や吸収障害・通過障害などで、頭蓋内圧は亢進する。
③ 頭蓋内圧亢進の原因として、炎症性疾患、頭蓋内血腫(クモ膜下出血、脳内出血)、腫瘍、脳浮腫を来す病態、水頭症がある。頭蓋内圧亢進が進行すると、ヘルニアを来す。

(2) 頭蓋内圧亢進の症状
① 自覚症状としては、頭痛・嘔吐・視力障害の3主徴がある。
② 他覚症状ないし所見には、うっ血乳頭・髄液亢進、外転神経麻痺(一側ないし両側)、意識障害、血圧上昇などがある。
③ 頭蓋内圧亢進による頭痛は、深部痛で、キリキリする又は鈍痛を訴える。嘔吐すると頭痛は寛解する。
④ 嘔吐については、他の消化器疾患の症状はなく、吐き気を伴わない噴出性嘔吐である。食事と無関係に嘔吐する。

(3) 頭蓋内圧亢進に対する緊急処置として、脳圧を下げるための高張液(マニトール、グリセオール)の投与、ステロイド療法、バルビタール療法、脳室ドレナージや除圧開頭術といった外科療法、血圧管理、呼吸管理、及び全身痙攣予防などがある。

(4) 脳ヘルニア
① 脳ヘルニアとは、頭蓋内占拠性病変、脳浮腫、水頭症などを原因として、容積の増大や占拠性病変で圧排された脳組織の一部が、頭蓋内腔の区画を越えて、移動・突出する病態である。
② 脳ヘルニアは、著しい頭蓋内圧亢進状態で生じ、全ての頭蓋内病変の最終病態である。
③ 脳ヘルニアの進行とともに、脳幹が傷害され、意識障害・除脳硬直・呼吸障害が出現し、最終的には血圧低下・呼吸停止を来たし、死に至る。

(5) 頭痛
① 頭痛には、一次性頭痛と二次性頭痛がある。一次性頭痛は、他に基礎疾患がないもので、二次性頭痛は、基礎疾患の症状として発症する頭痛である。
② 日常の頭痛診療では、二次性頭痛を一次性頭痛から鑑別することが重要である。最も重要なのは、クモ膜下出血のような生命の危険を伴う二次性頭痛を鑑別することである。特に、急性発症で意識障害を伴ったり、発症時に嘔吐が伴うものは重要である。

(6) 意識障害
① JCS(Japan Coma Scale:日本の分類)とGCS(Glassgow Coma Scale:国際分類)がある。
② JCSによる評価法は、ⅰ)自発的に覚醒しているか、ⅱ)刺激すると、覚醒するか、ⅲ)刺激しても覚醒しないか、の3群に分ける。そして、各群を意識障害の程度に応じて、さらに3つに分ける(合計9段階となる)。意識障害のレベルが上がるにつれて、数値も上がっていく。
③ GCSによる評価法は、意識レベルをⅰ)開眼、ⅱ)言葉による応答、ⅲ)運動による応答に3分類する。そして、開眼の度合いを4段階、言葉による応答を5段階、運動による応答を6段階に分けて評価する。意識障害のレベルが上がるにつれて、数値は下がっていく。

2 2審が認定した医学的知見(上衣腫等)

(1) 解剖所見(司法解剖による剖検記録)
① Bの左大脳半球側頭葉に、脳室とは連続しない、比較的厚い皮膜で覆われた6cm大の囊胞が占拠していた。
② 囊胞内部に2cm大の腫瘍性病変を認めた。
③ 右大脳半球が、腫瘍を伴う巨大な囊胞によって、極めて高度に圧排されていた。
④ 組織学的検査(病理検査)の結果、当該腫瘍は、「粘液乳頭状上衣腫」の組織像に該当する。
⑤ 脳を取り出して脳膜を開いていくと、囊胞は自然に穿孔し、内部から粘液様の血清液を漏らす(約200ml)。

(2) 上衣腫
① 上衣腫瘍とは、脳室壁を構成する上衣細胞から発生する腫瘍である。
② 良性腫瘍なので、摘出により治癒可能。
③ 被控訴人は、当該囊胞が出血を伴っていたことから、悪性の疑いがあると主張するが、それを裏付ける知見は認められない。

第7 考察

1 過失の認定について

(1) 医療水準論
一審・二審に共通する問題として、医療水準論を意識した議論が十分になされていない。
救急医療に対応した本件当直医は小児科医であるが、脳腫瘍を含む頭蓋内病変を専門とする医師は、基本的に脳神経外科・内科医である。もとより、脳腫瘍や脳出血などは小児も罹患するのであるから、小児科医といえども、これらの頭蓋内病変にある程度精通する必要はあると思われる。しかし、そうだとしても、脳神経を専門とする医師と同レベルの医療水準を求めるのは酷に過ぎよう。
また、本件は、小児科医としてではなく、救急医療に対する当直医としての医療水準というのも問題となりうる。救急医療に携わる医師としては、循環器・呼吸器・消化器・脳神経等、多臓器にわたる救急疾患に関して高いレベルで精通していることが求められるといえるだろう。脳腫瘍やクモ膜下出血にとどまらず、例えば、脳梗塞、心筋梗塞、大動脈解離、肺血栓塞栓症、絞扼性イレウスなどの急性腹症など多岐にわたる。もっとも、そのような幅広い専門的知見を前提としても、時間外(本件では深夜に搬送)に当直医として対応しているに過ぎないことを考慮に入れると、おのずとできることにも限界が伴うと思われる。
本件では、搬送されてきた患児の愁訴について、本件当直医が、嘔吐と下痢を主な症状として捉えたことで、マスクがかかってしまった観が否めない。頭痛と嘔吐であれば頭蓋内病変を疑うのが通常であるが、下痢を伴う嘔吐であれば病態の主座は消化器にあると考えるのが一般的知見だからである。
もっとも、本件当直医は、一応頭蓋内病変の可能性も疑ってクモ膜下出血について除外診断している。そうであるならば、クモ膜下出血以外の頭蓋内病変の可能性も疑って、頭部CTくらいは撮影しておいたほうが望ましかったといえそうである。当直医は、ウイルス性の急性胃腸炎と診断しているが、この診断名はいわゆるゴミ箱診断であるから、積極的につける診断名ではなく、想定されうる緊急疾患を除外しておく必要があるだろう。

(2) 救急医療の医療水準に関する参考判例(大阪高判平成15年10月24日)
救急医療に関する医療水準について言及した下級審判例を紹介する(なお、この点に関する最高裁判例は見当たらなかった)。
事案の概要は、交通事故外傷を負った患者が相手方である病院(奈良県内)に搬送され、胸腹部単純X線、頭部CT等が施行されたが、異常所見が認められなかったため入院措置をとり経過観察とされたところ、その約2時間後に容態が急変し、死亡したというものである。死因は、外傷性急性心タンポナーデとされた。
当該病院は、第2次救急病院に指定されていたが、同病院に救急専門医はおらず、事件当日は、脳神経外科部長の医師が対応したことから、救急医療における医療水準が争点となった。急性心タンポナーデに対する応急処置は、心囊穿刺によるドレナージであるが、脳神経外科医には、この手技に熟達できる機会はほとんどなく、胸腹部に対する超音波検査を日常的に実施することもないという知見が前提となっている。
また、全国で年間約2000万人の救急患者が受診しているのに対し、日本救急医学会によって認定された救急専門医は2000人程度しかおらず(平成5年当時)、首都圏等の都市部や第3次救急病院に集中していたため、それ以外の病院では、専門医ではない医師が交替で対応しているという実態が浮き彫りになった。
このような実情も踏まえ、一審は医療側の過失を否定して患者側の請求を棄却したが、高裁は、救急医療における医療水準論を展開し、過失を認定して患者側の請求を一部認容した。その理由の骨子は、救急医療機関は、その要件を充たす病院について、都道府県知事が認定するという制度的な仕組みを重視して、このケースにおいては、第2次救急医療機関の医師として、救急医療に求められる医療水準の注意義務を負っているという点にある。
本件では、このような医療水準論が争点となっていないが、救急医療現場の実情を考慮に入れず、仮に上記の事案と同じ判断枠組みで評価したら、過失が認定される余地は十分にある。

(3) 事実認定上の問題点
一審では、搬送時の検査義務違反、退院時の検査義務違反の双方について、病院側の過失を否定したが、高裁では、そのいずれにおいても過失があると認定し、真逆の判断となった。
まず、搬送時の検査義務違反について、一審は、患児が搬送されてきた際に、頭蓋内圧亢進を疑う所見(意識障害など)がなかったことや、頭痛の症状を確認できなかったこと、嘔吐と下痢が愁訴であるという引継ぎを救急隊員から受けていたことなど、搬送時の事情を重視して過失を否定しているのに対し、高裁では、平成21年8月20日頃、他病院において、継続する頭痛や嘔吐、光がまぶしく感じられたという視力障害が認められていたことから、この時点で既に頭蓋内圧亢進の3主徴の全てが存在していたことを指摘して、過失を肯定している。そもそも、頭痛の既往歴はともかく、嘔吐や視力障害等の既往について、搬送時に、患児本人・同行した家族・救急隊員のいずれからも情報を得ておらず、深夜に搬送された救急対応だったことを考えると、他院から既往に関する情報を入手するのも現実的でない。したがって、高裁の搬送時における過失認定には疑問が残る。
退院時の検査義務違反について、一審では、点滴終了後に患児が病室から退室する際の医師が認識していた状況と、病院の玄関付近で看護師が認識した患児の容態を区別して分析したうえで過失を否定しているのに対し、高裁では、玄関付近での患児の容態の急変を重視し、病院側の過失を認定している。患児が病室から出て行く際に医師が認識していた様子を前提とする限り、玄関付近での容態の急変を果たして予見できたのか疑問が残る。もっとも、看護師が認識した患児の症状の変化は深刻で、後から見れば、医師に報告したほうが良かったといえるが、そのような判断をどこまで看護師に要求できるかは議論の余地があろう。

2 高裁による因果関係の認定について

(1) 判断枠組みの問題点
高裁は、「本件搬送時において、Bに対し、頭部CT検査などを実施して治療を開始していれば、Bを救命できた蓋然性がある。」と判示した。そして、「遅くとも本件退院時において、頭部CT検査などを行って治療を開始していれば、Bを救命できた蓋然性を認めることができる。」と判示して、搬送時・退院時のいずれの時点においても、因果関係を肯定した。
本件の高裁における因果関係の上記判断枠組みは、最高裁判例との関係では、その理論構成には違和感を覚える。
本件は、搬送時の検査義務及び退院時の検査義務・経過観察義務の懈怠を過失と構成していることから、いわゆる不作為型の不法行為に該当するものと解されるが、最高裁は、不作為型医療過誤における死亡との間の因果関係について、「医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば、患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解されるべきである。」と判示している(最高裁平成11年2月25日第一小法廷判決・民集53巻2号235頁)。
ところが、本件高裁判決は、次の2点において、上記最高裁判例とは異なる理論構成に依拠している可能性がある。
第1に、事実的因果関係の判断枠組みの終点を、少なくとも文理上は、「死亡時点における生存」ではなく、「救命」と捉えている点である。上記平成11年判例が不作為型の因果関係における判断準則について判断を示す以前は、不作為事案における死亡との間の因果関係は、救命、すなわち、平均余命まで生存できたことを患者側において証明する必要があると解されてきた。そうすると、本件高裁判決は、古い判断枠組みに回帰しているとみる余地がある。
第2に、本件高裁判決では、因果関係の証明度について、長い間最高裁によって維持されてきた「高度の蓋然性理論」を採用せず、証明度を緩和する「蓋然性説」を採用したと解する余地がある。もしこの理解が正しければ、本件高裁判決は、これまでの最高裁によって維持されてきた伝統的な考え方を支持しないことを示したことになる。その意味において、仮に本件が最高裁に上告されれば、破棄される余地を残していることになる。そして、後述するように、因果関係に関する事実認定の甘さが証明度の引き下げを強く示唆している。

(2) 事実認定上の問題点
まず、搬送時に必要な検査が実施された場合の因果関係について、高裁は、本件患児の罹患した脳腫瘍が良性腫瘍(上衣腫)であり摘出手術によって治癒可能であったこと、頭蓋内圧亢進に対する治療として高張液利尿薬の投与や脳室ドレナージ・除圧開頭術を行えば脳圧をコントロールできたこと、Bが死亡した日の午前8時頃の時点でその生存が確認されていること等の事実から、搬送時に頭部CT等の必要な検査を実施していれば、Bを救命できた蓋然性があると判断している。
しかしながら、Bの頭蓋内病変が上衣腫であることは、司法解剖の結果得られた知見であるところ、搬送時の画像診断のみで良性腫瘍であるという確定診断ができたとは考えられず、手術適応の有無の判断がいつの時点で可能だったかも不明である。また、高裁の判示するところによれば、治癒可能性も腫瘍を全部摘出できたことが前提となっているが、そもそも本件が全摘可能な症例だったのかも検討されていない。加えて、高張液投与による脳圧のコントロールも脳浮腫に対しては一定の効果を期待できるが、腫瘍自体には直接効果がないので、高張液による効果もどこまで期待できたのか不確実性が大きい。さらに、除圧開頭術については、深夜から明け方にかけて本件病院でこれが実施可能だったのか、また仮に実施不可能な場合には転院が必要となるが、実施可能な転院先を見つけて搬送し実際に実施されるまでにどれだけの時間を要したのかも明らかでない。最後に、死亡当日の午前8時頃に生存が確認されたとするが、それは親族による確認にすぎず、その理由も身体がまだ温かかったという事実だけであるので、この時点で既に死亡していた可能性は否定できない。これらの事情を勘案すると、救命可能性を否定できないとしても、その蓋然性は必ずしも高かったとはいえず、高度の蓋然性理論に依拠すれば、因果関係を否定せざるを得なかったのではないかと思われる。
次に、退院時の検査義務等が実施された場合における因果関係について、高裁は、死亡当日の午前8時頃に生存が確認されていること、高張液の投与や脳室ドレナージ・除圧開頭術の実施などの外科的手法の準備をする時間的余裕があったものと推認されるとして、Bを救命できた蓋然性があるとしている。
しかしながら、前記のとおり、午前8時頃時点における生存確認の証拠評価は慎重さを要することに加え、Bに高度な意識障害が出現した退院時においては、相当程度の脳ヘルニアが進行していた可能性が示唆される。そのような場合、退院時である午前3時半頃に頭部CT検査を実施したとしても、高張液の投与だけでは、脳ヘルニアの進行を妨げるには限界があり、脳室ドレナージや除圧開頭術を実施できるのは、死亡の直前となった可能性も否定できない。したがって、高度の蓋然性を要求する伝統的な見解による限り、死亡との間の因果関係を認めるのは困難というべきであろう。

(3) 素因減額について
ところで、高裁は、Bの頭蓋内圧亢進状態が相当進行していたこと、本件囊胞は相当肥大化していたこと、本件病院は深夜に救急搬送された患者の受入れ先として取り急ぎ救急医療を施したに過ぎないことなどを考慮に入れて、公平の見地から5割の素因減額を行っている。
ここで、高裁が素因減額の事情として考慮に入れている事柄は、本来であれば、過失及び因果関係の認定に影響を与えたはずのものである。すなわち、Bの頭蓋内圧亢進状態の進行と肥大化した囊胞の存在は因果関係の判断に影響する事情であり、また、深夜に救急搬送された患者に対する救急医療が施されたに過ぎないという事情は、過失の認定に影響するものである。そうすると、5割という比較的高額な素因減額が、過失や因果関係を緩やかに認定したこととの調整手段として活用されたことを露呈させている。
患者側の保護を図るために、このような理論構成を用いたことは理解できるが、高額な賠償義務を負わされる医療側に対する感銘力という点では疑問が残り、萎縮医療や防衛医療を招くという議論を再燃させる可能性も無視できない。

3 私見

(1) 過失について
まず初めに、過失の立証を緩やかに行うことは、因果関係の立証を緩和することに比べれば、より一層の慎重さが求められるというべきである。というのも、過失の認定は、因果関係の立証緩和以上に“萎縮医療”ないし“防衛医療”に直結する問題だからである。そして、救急医療における医療水準を判断するに際しては、制度の建前論を強調するのではなく、救急医療専門医と救急患者の需給関係・地域的特性、搬送された時間帯などの事情を考慮に入れて決定されるべきであろう。
このような観点から本件における医療水準を検討すると、救急医療専門医が著しく不足しているという事情があること、救急医療専門医が都市部に集中している傾向があること、本件病院は長野市外の病院であること、当直医として対応した医師が脳神経外科の専門医ではないこと、本件患児が深夜に搬送されてきたこと等を考慮すれば、深夜に搬送された救急患者に対し、その際の患者の愁訴を前提として、取り急ぎ救急医療を施すのに最低限必要となる基本的な措置を行うべき注意義務を医療水準とすべきである。
このような医療水準を前提とすれば、搬送時における頭部CT等の検査を実施すべき注意義務があったと認めるのは困難であると思われる。搬送時に医師により確認された患児の愁訴は嘔吐と下痢であり、頭痛という非特異的な過去の既往歴を搬送時の症状と直ちに結びつけるのは困難である。また、搬送された時間帯が深夜であり、深夜から明け方にかけて対応しなければならなかったという事情からすれば、他院から頭痛の既往に関する詳細な情報を入手することは現実的に不可能である。さらに、脳腫瘍とりわけ良性の腫瘍性病変による頭蓋内圧亢進は比較的寛恕に現われ慢性化する傾向にあるのに対し、本件では搬送時である深夜から明け方にかけて急激に増悪していることから、頭蓋内病変を疑うとしても、まず出血性病変や感染症(細菌性の髄膜炎など)を疑うのが通常であり、脳腫瘍を頭蓋内病変の緊急疾患として位置づけることは相当でない。本件では、脳腫瘍による神経症状の既往歴は確認されていないことから、担当医師として頭蓋内病変の可能性も一応視野に入れるべきだとしても、まず出血性病変を疑うのは当然であり、実際に担当医師も外傷性クモ膜下出血が疑われる症状・所見の有無について検討している。このような事情に鑑みるならば、少なくとも搬送時において、担当医師が、脳腫瘍を含む何らかの頭蓋内病変の存在及びその病態が短時間で急激に進行する可能性を念頭に入れて、直ちに頭部CT検査等を実施すべき注意義務があったというのは困難である。
これに対し、退院時における検査義務・経過観察義務については、これを肯定する余地がある。本件患者は、病室を退室してから病院の玄関付近に移動するまでの極めて短時間の間に、歩行もままならないほどの症状が出現していることに加え、玄関付近の車椅子に座り込んで嘔吐し、親族と看護師の介助がなければ自家用車までの移動さえ困難であったという事情が認められる。このような急激な症状の変化は、単なるウイルス性の急性胃腸炎では合理的な説明がつかず、何らかの頭蓋内病変を原因とする神経症状、意識障害が出現したことを疑うべきであったといえる。また、頭部CT検査は、胸部CT検査等に比べれば被曝線量は著しく低く、MRIと比較しても簡便に実施できる検査であるから、これを実施するのに障害となるような特段の事情も認められない。したがって、かような症状の出現を前提とするならば、医師には直ちに頭部CTを実施すべき注意義務があったとすることもあながち不合理ではない。
問題は、このような事情の変化を医師が認識していたかである。もし認識してなかった場合に、このような事態が起こりうることを想定して看護師に指示すべき注意義務があったとするのも、医療側に酷である。本件患児が診察を受けてから点滴を終了するまでの約2時間の間に、特段の症状の変化や重篤な疾患を疑うべき症状が新たに出現したと認めるべき事情もないからである。点滴が終了して起き上がる際に、患児童が「頭が痛い」と発言したことだけを捉えて、直ちに頭蓋内病変の可能性を疑った対応をすべきであったということもできない。次に、退院時の症状の急変を実際に認識していた看護師について、直ちに医師に報告すべき注意義務があったか否かであるが、頭蓋内の病変が原因で救急搬送されてくる患者の多くは出血性の疾患であることから、後方視的にみれば医師に報告するのが望ましかったといえても、看護師にそこまでの注意義務を負わせるのは相当ではない。
もっとも、ここで述べた医学的知見は、必ずしも本件において訴訟資料になっていたとは言い難く、医学的知見に関する審理が十分に尽くされていないとも評価できる。

(2) 因果関係について
因果関係については、本件高裁が示した判断枠組みではなく、不作為型医療過誤の因果関係に関す前掲最高裁平成11年2月25日第一小法廷判決の判断枠組みによって判断する。なお、搬送時・退院時のそれぞれの時点において、本件病院の過失が認められていることを前提に検討する。
まず、搬送時において医師が頭部CT等の検査を適切に実施したとしても、司法解剖の剖検記録によれば、Bの左大脳半球側頭葉に6cm大の囊胞が占拠していたこと、右大脳半球が腫瘍を伴う巨大な囊胞によって極めて高度に圧排されていたこと等から、Bにおける頭蓋内圧亢進及び脳ヘルニア進行の主たる原因が、脳浮腫というよりは、囊胞性の腫瘍性病変による圧排による可能性がある。そうすると、高張液利尿薬の投与だけでは、Bの頭蓋内圧亢進や脳ヘルニアへの移行をコントロールできなかった可能性は否定できない。また、深夜から早朝にかけてという時間帯に、被告病院において脳室ドレナージや除圧開頭術を実施できる環境にあったかは疑問である。そうすると、他院に転院させるより方法はないが、本件が長野市外の小さな地方都市で起こっていること、深夜から早朝にかけてという時間帯であること等を併せると、死亡当日の午前8時より前の時点で外科的処置に踏み切れたことを認める証拠もない。
したがって、仮に搬送時において、医師が適切な診療行為を行ったとしても、患者が死亡した時点においてなお生存していた可能性は否定できないが、それを是認しうる高度の蓋然性があったとは認めがたいので、死亡との間の因果関係は否定されることになる。
もっとも、高張性利尿薬による応急処置が奏効する可能性を否定できないこと、午前8時頃の時点においていまだ本件患児が生存していた可能性があること、利尿薬によって頭蓋内圧亢進をコントロールし早朝までに何らかの外科的処置に踏み切れた可能性を完全には否定できないこと等に鑑みるならば、患者が死亡した時点においてなお生存していた相当程度の可能性は残ると考えられる(最高裁平成12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁)。
しかしながら、相当程度の可能性がどの程度であったかにつき、これを評価できる証拠がなく、前記諸般の事実に照らせばその可能性はかなり低かったと考えられることから、少額の慰謝料(100万円から200万円程度)が認容されるに過ぎないことになろうか。
次に、退院時において、医師が適切な診療行為を行っていた場合についてであるが、この時点で既に午前3時半になっており、この時点で必要な検査を開始し、利尿薬等の応急処置を実施したとしても、死亡との間の因果関係を認めることは困難で、相当程度の可能性を認めることも困難な事案だったのではないかと思われる。
そうだとすると、患者側の控訴も棄却されるべきだったと思われる。

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