診察時には頭痛の症状がなかったにも関わらず頭蓋内圧亢進症を疑いCT検査義務を認めた高裁逆転判例(東京高判平成30年3月28日)

診察時には頭痛の症状がなかったにも関わらず頭蓋内圧亢進症を疑いCT検査義務を認めた高裁逆転判例

東京高判平成30年3月28日

診察時には頭痛の症状がなかったにも関わらず頭蓋内圧亢進症を疑いCT検査義務を認めた高裁逆転判例(東京高判平成30年3月28日)

文責:弁護士 真鍋 敬治

事案の概要

数か月前から嘔吐・下痢・頭痛などの症状を呈していた男子中学生(以下「B」)が,平成21年10月4日の深夜午前1時頃に総合病院に救急搬送(以下「本件搬送」)されたが,同病院の小児科医Y1は,診察後,午前3時23分頃に帰宅を指示(以下「本件帰宅指示」)し,Bは退院した(以下「本件退院」)。しかし,Bは帰宅後,午後0時30分に自宅で脳ヘルニアにより死亡した。
これに対し,遺族が,Y1には救急搬送時に頭蓋内圧亢進症を疑って必要な検査を行うべき注意義務,又は本件帰宅指示をせずに経過観察を行うべき注意義務があったにもかかわらず,午前3時23分頃,必要な検査を行わないまま帰宅を指示し,Bが適切な治療を受ける機会を喪失させたなどと主張して損害賠償を請求した事案。

経過一覧表

平成8年 被害者B誕生
平成20年秋頃 頭痛を訴えるようになった
平成21年
6月12日
嘔吐,頭痛でd医院を受診
→片頭痛と診断された
8月20日頃 頭痛(2日間継続)
嘔吐
光がまぶしく感じられた
(病院を受診していない)
9月21日夜 朝から頭痛,嘔吐
→15時頃市販頭痛薬服用も効かず,2回嘔吐
19時頃,D(Bの祖母)の要請によりe病院救急科に救急搬送
e病院救急科医師は片頭痛,脱水症,髄膜炎疑い,肝機能障害の疑い等の見立てに基づいて診療開始
→・Bは月1回くらいズキズキする痛みが生じ3日間くらい続くと説明
・触診,心音,呼吸音に異常なし
・項部硬直なし
・頭を動かされると気持ち悪い


点滴と血液検査を受け,ロキソニンを処方されて帰宅

頭痛は2日間続いた
9月25日 e病院小児科を外来受診
→起立試験など
→頭痛の原因がOD(起立性障害)であるとは考え難く,経過からは片頭痛が疑わしい(ゾーミックを処方)

次回受診を1ヶ月後とした
10月3日 18時30分頃に夕食
深夜に複数回嘔吐,下痢
10月4日
0時28分
E(Bの叔父)が119番通報(以下「第1通報」)
→Bが頭が痛いといって吐いている旨を伝える
0時34分 Dが119番通報(以下「第2通報」)
0時37分 救急車が到着

隊員がEの案内でトイレに行くと,Bはズボンとパンツを下ろして便座に座っていた
Bに「立てますか」と声をかけたところ視線はしっかりしておらず返事はしなかったものの自分で立ち上がってズボン等を上げた
Bが救急車に乗車
D「かかりつけのe病院で片頭痛という診断結果」(高裁で消去)
E「最近よく頭痛を訴える。(高裁で消去)個人病院のe病院でなく公的な病院に搬送して欲しい」

救急指令室to被告病院当直
嘔吐,下痢,頭痛の症状ある男子中学生の収容要請
Y1はその場にいて,上記を認識した上で受入れを指示

被告病院に搬送することに
0時39分 救急に乗車
GCS:15(E4 V5 M6) JCS:0
RR:18 HR:50 BP:161/78
SpO2:98% 瞳孔:左右とも3mm 対光反射:正常
0時52分 被告病院に向けて出発
・Bは嘔気を示したが嘔吐はせず
・Dが同乗し「e病院を受診した際の病名は不明だが,ホルモンバランスの関係があるといわれた」と救急隊員に説明

救急搬送記録
・事故発生内容等
19:00頃より嘔気,下痢,5回程嘔吐したもの(食物残渣等)
・身体所見
「片頭痛」を二重線で消して,「ホルモンバランス等」と記載

救急隊員to被告病院当直
意識レベル,バイタルに問題なし
主症状は嘔気,下痢
0時55分 JCS:0
RR:18 HR:63 BP:127/54
SpO2:97%
1時16分 被告病院到着

救急隊員toY1
前日午後7時頃から嘔気あり,午前0時30分頃から嘔吐,水様下痢
バイタル問題なし(G看護師が計測)

Y1が救急隊員に頭痛について尋ねるも救急隊員は「そういう訴えはなかった」とこたえた(Y1は嘔吐,下痢とくれば腹痛のはずが指令室からは頭痛との連絡だったので疑問に感じていたため質問した)
診察開始~1時43分 B「今は,吐き気なし,腹痛なし,(Y1に頭痛の有無を聞かれて)頭痛なし」
聴診,触診異常なし
脱水症状なし
心音,呼吸音正常
のど異常なし

項部硬直なし,ケルニッヒ徴候異常なし
→外傷性クモ膜下出血をある程度除外可
D「e病院では,ホルモンバランスが不安定なのか片頭痛だろうといわれた」

Y1は
・頭痛症状は一過性の片頭痛によるもので,頭痛は既に消失しているから治療不要と判断した
・主症状は吐き気,嘔吐,下痢→ウィルス性の急性胃腸炎と診断
G看護師がBに座薬挿肛(←ウィルス性の急性胃腸炎に対して)
肛門周囲に汚れ(高裁で消去)

B嘔吐→Y1は,採血,点滴で様子見とGに指示
3時23分~ 点滴終了
血液検査異常なし,嘔吐・頭痛の症状なし

Y1に声をかけられ,眠っていたBは「頭がいたい」といいながら起き上がる
→本件帰宅指示(Y1は,頭痛は熟睡時に起こされて生理的に頭痛を覚えたのだろうと判断し,帰宅指示を出した)をして,その場を立ち去った

自力で降り立ったが言葉を発する元気なく,足元もふらつく
→GとDが両脇から腕を組むようにしてBを支え玄関まで移動

病院玄関でB「吐きっぽい」

Gがガークルベースを取りに離れている間にBは四輪電動車いすの座席に座り,ハンドルを支えにうつ伏せになっていて,足元に嘔吐跡

CDGの3人に自家用車に運び入れられ帰宅
5時頃 帰宅

Bは後部座席で横になっていたが,自宅に連れて上がれず,毛布を車にもってくる
8時頃 Dが様子見に行くと嘔吐の跡あり(拭き取る)
体は暖かかった
10時30分頃 Cが様子見に行ったところBは顔面蒼白でチアノーゼ,呼吸なし,心臓当たりに手をあてたが反応感じられず
11時35分 c病院に搬送されたが心肺停止状態
瞳孔散大
死後硬直と考えられる関節の可動制限あり
12時(午後0時)30分 死亡確認
死亡後 全身CT
・Bには明らかな外傷は認められず
・左側脳室内に直径9cm程度の内部に出血を伴うのう胞が認められる
・のう胞による脳幹圧迫の所見も認められた
・直接の死因は脳ヘルニアであり,脳ヘルニアの原因はのう胞内出血,のう胞内出血の原因は頭蓋内のう胞性腫瘤と診断された
10月6日 司法解剖
・左大脳半球側頭葉に,脳室とは連続しない比較的厚い皮膜で覆われた6cm大の本件のう包が占拠している
・本件のう胞内部に,2cm大の褐色調の腫瘍性病変が確認される
・右大脳半球,腫瘍を伴う巨大な本件のう胞によって,極めて高度に圧排されている
・(腫瘍についての)組織学的検査の結果,「粘液乳頭上上衣腫」の組織像に該当する。
・本件のう胞内部からの粘液様物の量は200ml
・直接の死因は脳腫瘍

医学的知見

(1)頭蓋内圧亢進症

自覚症状:頭痛,嘔吐,視力障害
他覚所見:うっ血乳頭,髄液圧亢進,外転神経麻痺,意識障害,徐脈,血圧上昇,その他

(2)脳ヘルニア

その症状の進行とともに脳幹が傷害され,意識障害,除脳硬直(*),呼吸障害が出現し,最終的には血圧低下,呼吸停止を来し死亡する。
(*)除脳硬直とは、中枢神経の障害により、四肢の抗重力筋が収縮した際にみられる異常肢位(異常姿勢)のひとつ

(3)頭痛

頭痛には一次性頭痛と二次性頭痛がある。二次性頭痛は基礎となる疾患の症状として頭痛を呈するものであるが,一次性頭痛は他に基礎疾患がなく,頭痛を呈するものである。日常の頭痛診断では,他疾患に由来する頭痛(二次性頭痛)を一次性頭痛から鑑別することが重要である。最も重要な点は,クモ膜下出血のような生命の危険を伴う二次性頭痛を見落とさないことである。頭痛患者には,問診,一般身体的ならびに神経学的診察をきちんと行う必要がある。特に急性発症で局所神経学的所見や意識障害などを伴ったり,発症時に嘔吐や失神がみられた場合には注意が必要である。発熱を伴う頭痛患者では髄膜刺激症状(頭痛や嘔吐とともに,項部硬直,ケルニッヒ徴候,ブルジンスキー徴候といった診察所見上の徴候が含まれる。細菌性髄膜炎やクモ膜下出血で最も著名に認められる。)を診察するとともに,髄膜炎や脳炎が疑わしい場合は,脳の画像検査と髄液検査を施行する。

争点

争点1
本件搬送時の検査義務違反の有無

争点2
本件退院時の検査義務違反又は(及び本件帰宅指示時の?)経過観察義務違反の有無
経過観察義務:本件帰宅指示時に,Y1自らまたはY1がG看護師に指示をして状態を観察すべき義務
検査義務:本件退院時(自動車に乗せた時点)にCT検査すべき義務

争点3
因果関係の有無

争点に対する判断

(1)争点1:本件搬送時の検査義務違反の有無

ア 原審:検査義務なし

理由
・Y1はクモ膜下出血をある程度除外した
・頭痛は,第1通報時には訴えられていたが(このことはY1も知っていた),本件搬送時には喪失していた
・頭蓋内圧亢進による嘔吐は,他の消化器疾患の症状なく悪心を伴わず噴出するものであるところ,本件搬送時には,嘔気,下痢があり,典型的な頭蓋内圧亢進による典型的な嘔吐とは異なる
・Y1は,e病院でBの症状はホルモンバランスが不安定なためか,あるいは片頭痛のためであろうと診断されていたことをDから聞いていたこと
→以上から,頭痛は片頭痛による一過性のもので,Bをウィルス性の急性胃腸炎と判断したことは医学的に不相当とはいえない

イ 高裁:CTなどの検査義務あり

・医学的知見として,
①頭蓋内圧亢進の場合には嘔吐が終わると頭痛は一時的に寛解し再度食べられるようになる
②小児では,頭痛と嘔吐が3週間続くと腫瘍を疑うべき
・Y1は,Bは自宅では頭痛を訴え,嘔吐をしたが,救急車の中では吐き気のみで頭痛は訴えなかったことを知っていて,本件搬送時の診察でBの頭痛の原因に疑問を抱いている
→頭痛と嘔吐の症状があり,嘔吐により頭痛が寛解したことから頭蓋内圧亢進症を疑うべき
・Y1は,(片頭痛の疑いと診断した)e病院の診療記録を確認したことも,e病院からの紹介状を見たこともないから,Dから聞いただけで一過性の片頭痛と判断するのは根拠が十分でない

(2)争点2:本件退院時の検査義務違反又は(及び?)経過観察義務違反の有無

ア 原審:検査義務違反又は(及び?)経過観察義務違反なし

・点滴終了後Y1に声をかけられたときにBが「頭が痛い」と言ったのは一過性の片頭痛によるとの判断は不適切でない
・Y1には,上記後の退院時の状況を知る機会はなく,また知り得べきであったとまではいえない

イ 高裁:検査義務違反又は(及び?)経過観察義務違反あり

「座薬→嘔吐

採血,点滴→血液検査に問題ないから帰宅を指示(本件帰宅指示)」
という流れを前提にして
・Y1に声をかけられて起き上がるときに「頭が痛い」という発言があったこと
・頭蓋内圧の亢進が進行すると致死的な脳ヘルニアに至る危険があること
→Y1自らまたはG看護師に指示して点滴後のBの様子が本件帰宅指示時の前提を維持しているか観察すべき義務がある

・複数人に抱えられてしか玄関まで動けない状態
・玄関でハンドルを支えにうつ伏せになったまま動かなかったこと
・玄関で嘔吐したこと
・自動車に乗る動作が全くできない,すなわち意識障害があること
→仮にGからY1にこれらの症状が報告されていれば,Y1は本件帰宅指示を撤回した上,頭蓋内圧亢進症を疑ってCT検査等を実施すべきであった

(3)争点3:因果関係の有無

高裁:因果関係あり

・死亡後の全身CTの結果
・直接の死因(脳ヘルニアの原因?)は脳腫瘍であること
・司法解剖の結果
・左大脳半球側頭葉に,脳室とは連続しない,比較的厚い皮膜で覆われた6センチメートル大の本件のう胞が占拠していたこと
・本件のう胞の内部に,2センチメートル大の褐色調の腫瘍性病変が確認されたこと
・同腫瘍について,組織学的検査の結果,「粘液乳頭状上衣腫」の組織像に該当するものであったこと
・「上衣腫」とは,脳室壁を構成する上衣細胞から発生する腫瘍をいい,頭蓋内圧亢進症状の原因とされること
・粘液乳頭状上衣腫は,良性腫瘍であり,摘出により治癒可能であること
・本件搬送時,血圧の低下は顕著でなく,発言,呼吸もしていたのであるから,最悪(不可逆的)の状態には陥っていなかったこと
・頭蓋内圧亢進症状は神経画像で診断でき,Bに対し,頭部CT検査を実施していれば,本件のう胞を発見することができたと認められること
・頭蓋内圧亢進に対する治療として,高張液(マニトール,グリセオール)の投与や脳室ドレナージ又は除圧開頭術を行えば,脳圧をコントロールすることができたこと
・Bが死亡した日の午前8時頃の時点で,その生存が確認されていること
→頭部CT検査などを実施して治療を開始していれば,Bを救命することができた蓋然性があると認められる。

私見

以下の4点の評価が結論を分けると考えた。

①e病院における片頭痛疑い診断の信頼性をどう考えるか
私見:そもそも,片頭痛の診断自体が難しく,あまり信頼性は高くないのでは?

②本件搬送時には頭痛がなく(嘔吐後に頭痛が消えたことも含め),下痢の跡(但し,高裁では消去されている)はあったこと
私見:頭痛は様々な病気の症状として現れるし,嘔吐後に頭痛が一旦消えるのもよくあることなのでは?

③退院時に向けて徐々に意識を失っていく経過からすれば,どこかの段階で頭蓋圧亢進症を疑えたか。あるいは,ウィルス性の急性胃腸炎を排除できたか。
私見:帰宅時のBの状態は尋常ではなく,頭蓋内圧亢進症を疑えたかは別として入院させるべきだったのでは?

④成長過程にある中学生であるという特殊性
私見:?

結論として,Bを帰宅させずに入院させる義務はあったと思うが,頭蓋内圧亢進症と診断できるかといわれれば,難しいと感じる(それこそ,e医院の診療録なども必要)。ただし,頭痛・嘔吐・意識障害の症状があり,複数人で支えられないと移動さえできない状態なので,脳の障害を疑ってCTを撮るのが普通ではないかと考える。

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