最高裁昭和39年7月28日| 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

最高裁昭和39年7月28日

最高裁昭和39年7月28日

文責:弁護士 宮本 龍一

事案

 無痛分娩のため脊髄硬膜外麻酔注射をXが受けた。
 注射後、4、5日してからXは、腰部の疼痛と下肢の麻痺を訴え始め、診察を受けたところ、注射部位の脊髄硬膜の外側に腫瘍が発見され、そこからブドウ状球菌が検出された。上記症状は、そのブドウ状球菌がそこで繁殖し、硬膜外腫瘍および圧迫性脊髄炎を起こしたためであると診断され、結果Xに後遺症が残った。

原審

  1. 1 事案の事実関係のもとでは、注射の際、ブドウ状球菌が侵入したと考えるのが常識であり、麻酔注射に起因して硬膜外腫瘍および圧迫性脊髄炎にかかったものと認められる。
  2. 2 硬膜外麻酔注射をした部位に腫瘍ができ、そこからブドウ状球菌が検出された場合に考えられる伝染経路としては、
     (1) 注射器具、施術者の手指、患者の注射部位等の消毒の不完全ないしは消毒後の汚染
     (2) 注射薬の不良ないし汚染
     (3) 空気中のブドウ状球菌が注射に際し、たまたま付着侵入すること(話し中のつばにまじって汚染する場合も含む)
     及び(4)患者自身が保菌していて、それが抵抗力が弱まった際に血行によって注射部位に病菌が運ばれること

     を考えられる。しかし、(2)ないし(4)を疑わせる証拠はないから、結局(1)の経路により侵入したと推認するのが相当である。
  3. 3 したがって、Yには診療に従事する医師として当然なすべき注意義務を怠り、消毒の不完全な状態で前記麻酔注射を行った過失がある。

上告理由

  1. (1) 2→3を導くのは責任要素としての過失の具体的認定に欠け、理由不備
  2. (2) 過失の認定を欠くので、民法709条適用の誤り
  3. (3) 2の推認は経験則違背
と考えられる。

判旨

  1. 1 医者たる上告人の麻酔注射に起因して患者たる被上告人が前記の如く罹患した場合において、右病気の伝染につき上告人の過失の有無を判断するに当り、可能性のある伝染経路として右(1)ないし(1)を想定し、個々の具体的事実を検討して(2)ないし(4)につき伝染の経路であることを否定し、伝染の最も可能性ある右(1)の経路に基づきこれを原因として被上告人に前記病気が伝染したものと認定することは、診療行為の特殊性にかんがみるも、十分是認しうるところであり、原判決挙示の証拠によるも、右(1)の伝染経路に基づきこれを原因として被上告人が罹患するに至った旨の原審の認定判断は正当である。
     右(1)の如き経路の伝染については、上告人において完全な消毒をしていたならば、患者たる被上告人が右の病気に罹患することのなかつたことは原判決の判文上から十分うかがい知ることができ、したがつて、診療に従事する医師たる上告人としては、ブドウ状球菌を患者に対し伝染せしめないために万全の注意を払い、所論の(1)の医師患者その診療用具などについて消毒を完全にすべき注意義務のあることはいうまでもなく、かかる消毒を不完全な状態のままで麻酔注射をすることは医師として当然なすべき注意義務を怠っていることは明らかというべきである。
     原判決はこの点につきかならずしも明示していないが、判文の趣旨が右であることは十分了解しうるところである。原判決に所論の違法はない。
  2. 2 原判決は、上記注射に際し、注射器具、施術者の手指あるいは患者の注射部位の消毒が不完全であり、このような不完全な状態で麻酔注射をしたのはYの過失であると判示するのみで、具体的にそのいずれかについて消毒が不完全であったかを明示していないことは所論のとおりである。
     しかし、これらの消毒の不完全は、いずれも、診療行為である麻酔注射にさいしての過失とするに足るものであり、かつ、医師診療行為としての特殊性に鑑みれば、具体的にそのいずれの消毒が不完全であつたかを確定しなくても、過失の認定事実として不完全とはいえないと解すべきである。

解説

  1. 1 本件は、昭和32年5月10日の先例を踏襲したものであり、いずれも医師に対する損害賠償請求において裁判官による証明軽減が試みられたものとして理解されている。
  2. 2 本件のような概括的・選択的認定が認められる理論的な構成
     医師の麻酔注射によって注射部位にブドウ状球菌が侵入し、患者が脊髄硬膜外腫瘍に罹患したという本件の具体的な事実経過の下では、特段の事情がない限り、麻酔注射をする医師としてなすべき注意義務を怠っていたからであるという高度な蓋然性を備えた経験則が基礎にあって、これに基づいて規範的要件である過失についてそれが存在するとの法的評価を導くことができることによる。
     また、このような経験則を踏まえて過失ありとの法的評価が可能になるがゆえに、医師に過失あったとの法的評価を基礎づける具体的事実のうち、消毒不完全という点をめぐって、a注射器具、b施術者の手指あるいはc患者の注射部位のいずれかについて消毒不完全があったという概括的な認定をすることで足りるという結論を導くことも可能となる。
    (診療行為が専門的・技術的なものであることから原告の立証上の負担の軽減という要請からも支持されている)
  3. 3 選択的認定の許容範囲の画定
     選択的認定が可能であるためには、概括的認定の要件を満たしている必要がある。
     (∵ 甲事実又は乙事実を含む集合を概括的に認定するには、これ以外の丙や丁といった他の事実を否定しなければならず、そうした事実の否定確率が高ければ、甲又は乙という事実の肯定確率が高まることになる)

     考え方A ①事実認定の正確性の確保、②法適用の正当性の確保、ⅲ当事者双方の攻撃防御の適正迅速の確保、④当事者および第三者の納得の確保
     考え方B ①目指す法律効果が同一であり、②詳細さを犠牲にしても当該概括的事実についての心証形成ができることが必要であり、③相手方当事者の防御活動を実質的に損なうことがない場合

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