心臓性脚気注射事件(最高裁判例昭和32年5月10日) | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

心臓性脚気注射事件

最高裁判例昭和32年5月10日

心臓性脚気注射事件(最高裁判例昭和32年5月10日)

文責:弁護士 宮本 龍一

事案

 医師が、心臓性脚気と診断したので、ビタカンファー及びビタミンB1を皮下注射。
 その後、4回にわたって同様の注射をし、かつ投薬を行った。その後Xは、右上膊発赤疼痛等の症状が生じた。
 小切開の手術を行うも、右切開部位がますます腫脹して疼痛悪化。同医師は札幌市に赴いて不在となったので、別の医師の切開手術を受けるも、右上膊部外側に手術後の瘢痕が残り、右腕、とくに上膊に高度の筋委縮を生じ、肩胛及び肘関節に軽度の運動障害があるため軽労働には支障はないが、重労働は不能となるに至った事案。

原審

過失の内容

  1. 1 Xの右上膊部の疾患は、医師の心臓性脚気の治療のため注射をした際に、その注射液が不良であったか、又は注射器の消毒が不完全であったかいずれかの過誤があって、この原因に基づいて発生したものであること、したがって、そのいずれにしても医師がこの注射をなす際に、医師としての注意を怠ったことに基因して生じたものであること。
  2. 2 のみならず、早期に化膿止の処置をなしていれば軽いうちに治癒したであろうと考えられるのに、発病の直後度々往診を求められたにも拘らず医師としての義務に違反して特段の理由がないのにこれに応じなかったので、病勢が著しく進行して、重大な結果を生ぜしめた。

上告理由

  1. (1)医師の過誤が、注射液の不良にあるのか、消毒不完全にあるのか不明であり、右のような認定は無に等しく、結局原判決は審理不尽もしくは理由不備の違法がある。
  2. (2)Xは注射液が不良であったという事実を主張していないから、原判決は当事者の主張しない事実に基づいてYの過失を認めたもので、当時の民訴法186条に違反する。

判旨

  1. (1)注射液の不良、注射器の消毒不完全はともに診療行為の過失となすに足るものであるから、そのいずれかの過失であると推断しても、過失の認定事実として、不明又は未確定というべきでない。
  2. (2)被上告人の主張しない「注射液の不良」を、過失認定の具体的事実として挙げたからといって、旧民訴法186条に違背するということはできない。けだし同条は、当事者の主張しない、訴訟物以外の事実について、判決することができないことを定めたものであつて、前記注射液不良という事実の如きは、被上告人主張の訴訟物を変更する事実と認められないからである。

解説

  1. (1) 選択的認定について

     「選択的な認定」とは、裁判所が甲事実又は乙事実のいずれかが存在した又は双方の事実とも存在したという心証を抱きながら、そのいずれの事実が存在したかについても双方の事実とも存在したかについても心証を得ることができない場合において、そのいずれの事実が存在したか又は双方の事実とも存在したかということを確定しないまま、甲事実又は乙事実が存在したとする事実認定のこと。
     → 選択的に並べられた各事実については裁判官が十分な心証を得ているとはいえず、結局あいまいな事実認定を許すことになるから一般的に許されものではない。
     蓋然性の高い経験則を基礎にして過失などを推論することを「一応の推定」というが、その一応の過失の推定を医師の注射行為に関して採用した例とみることができる。

     → 「注射のあとが化膿した場合には、それは十中八九、注射をした者に当然なすべき注意義務を怠ったことによる」という蓋然性のきわめて高い経験則を基礎にした推定命題(「注射のあとが化膿した場合には注射をした医師の過失を推定すべし」)を採用したものと理解できる。
     医師の過失を推定し、医師側で、医師として養成される注意義務を尽くした旨を逐一証明し、それができなければ責任を負わされても仕方ないと取り扱う。

     ∵①事柄の真実にも合う、②専門家としての負担(情報の公平性)

  2. (2) 弁論主義(第1テーゼ違反)について

     判決理由に示された事実は、過失認定の具体的事実ではなく、推定命題の一内容をなす「なんらかの不注意な行為」をよりくわしく説明挙示したものに過ぎず、いまだ主張責任の対象になる事実ではない。
     → Yの過失を覆すための防御活動の指標となるもの
     → Yとしては甲事実も乙事実もない、さらに丙事実もないという主張立証を通じて一旦推定された自分の過失ありとの判断をくつがえずことになる。
     (Yとしては、防御活動が十分に展開されるべく、機会が与えられていたか?→「注射液の不良」については、Xが転院した先の医師の証言の中で化膿の原因として指摘されており、その証言にウェイトがあることは予想できるはずなので、Yとしても当然これに対する防御の必要を了知したとみられるし、医師としてその程度期待することは酷ではないため釈明権不行使・審理不尽の違法ありとはいえないのでは?)

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