保存精子を用いた人工生殖によって出生した子の親子関係| 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

保存精子を用いた人工生殖によって出生した子の親子関係

保存精子を用いた人工生殖によって出生した子の親子関係

弁護士・医学博士 金﨑 浩之

事実の概要

  1. 1 事実経過

    1.  平成9年:A(妻)とB(夫)婚姻。なお、この時点で、Bは既に慢性骨髄性白血病の治療中であった。婚姻後、自然生殖で懐胎せず。
    2.  平成10年6月:Bは、骨髄移植手術を受けることになり、それに伴う放射線治療で無精子症になるリスクを危惧し、C病院にて自己の精子を冷凍保存した。
    3.  平成10年夏:Bは、Aに対し、「自分が死んでも再婚しないのであれば、自分の子を産んで欲しい」と話した。また、Bは、Bの両親、弟、叔母に対しても、「自分に何かあった場合には、Aが保存精子を用いて子を授かり、家を継いでもらいたい」旨の意向を伝える。
    4.  平成11年5月:骨髄移植手術に成功し職場復帰したBは、不妊治療を再開することにし、体外受精をしてくれる病院を探した。
    5.  平成11年8月末:D病院から、保存精子を用いた体外受精の承諾を得られたので、ここで体外受精を行うことにした。
    6.  平成11年9月:ところが、病態が急激に悪化し、体外受精の実施に至る前に、Bは死亡した。
    7.  平成12年:妻であったAは、体外受精を決意し、本件保存精子を用いて体外受精を実施した。
    8.  平成13年5月:本件体外受精により、Aは、子(X、原告、控訴人、被上告人)を出生。
    9.  →XがBの子であることの認知請求(死後認知)を求めた事案
  2. 2 行政の対応に関する現状

    1.  (1) 厚生科学審議会生殖補助医療部会
       平成15年4月28日:保存精子の提供者の死亡が確認された場合には、提供された精子を廃棄する旨を提言。理由として、提供者の意思の撤回が不可能であり、また、既に死亡した者の精子で子が生まれることは医療倫理上も問題があることが指摘された。
    2.  (2) 法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会
       平成15年7月15日:医療法制の考え方が不明確なまま、親子法制に関して独自の規律を定めることは不適当として、更なる検討は行わないという方針を公表。

最高裁平成18年9月4日第二小法廷判決(判タ1227号120頁)

  1. 1 結論

     原判決を破棄、控訴を棄却して、Xによる死後認知請求を否定した。
  2. 2 理由

    1.  (1) 自然生殖を前提とした現行法制が、死後懐胎と死亡した父との間の親子関係を想定していないことは明らか。
      1.   ① 死亡している父が、死後懐胎子の親権者になる余地はない。
      2.   ② 死後懐胎子が、死亡している父から、監護・養育・扶養を受けることもあり得ない。
      3.   ③ 死後懐胎子が、死亡している父の相続人にもなり得ない。
      4.   ④ 代襲原因が死亡の場合には、代襲相続人が被代襲者を相続しうる立場にあることが前提となるが、父を相続できる立場にない死後懐胎子が父との関係で代襲相続人になることもあり得ない。
    2.  (2) 死後懐胎子と死亡している父との間の親子関係のあり方は、生命倫理、子の福祉、関係者の意識、社会一般の考え方などを多角的に検討したうえで、それを認める場合の要件、効果を定める立法によって解決が図られるべき。
  3. 3 補足意見-滝井繁男裁判官

    1.  (1) 両親が、その意思に基づき、自然生殖の過程の一部について今日の進歩した補助医療を受け、子を懐胎、出産した場合には、自然生殖と同視しうるので、何ら問題はない。
    2.  (2) 死後懐妊の父子関係を認めることは、子は生存中の父母の配偶子によって生まれるものであるという自然の摂理に反する。
    3.  (3) 現行法は、血縁主義を徹底していない。民法787条が懐胎時の父の生存を要件としていないが、自然生殖を前提とする現行法制下では、懐胎時の父の生存は当然の要件になっていると解すべき。
      1.   ① 現行法制は、血縁関係のない子との親子関係が生じることを認めている。嫡出推定とその否認を制限する規定、認知に関する制限規定等。
      2.   ② 現行法制は、血縁上の親子関係があるのに法律上の親子関係を認めない場合が生じることを予定した規定を置いている。
    4.  (4) 懐胎時に父が生存していても、出生時に父が死亡している場合はあるが、少なくとも懐胎時には、心理的・物的にも安定した生活環境が得られることが期待されていた。他方、死後懐胎の場合には、このような期待は存在しない。
    5.  (5) 精子提供者の生前の同意によって、死後懐胎子の出生を可能にしてしまうことの是非自体が十分な検討を要する問題。
    6.  (6) 生まれてきた子の福祉を第一に考えるべきである点について異論はないが、法律上の親子関係を認めることが、どれだけ死後懐胎子の福祉に意味があるのか明らかでない(親権、扶養、相続等)。
    7.  (7) 死後懐胎子の福祉の名の下に、父との親子関係を認めてしまうと、そのことによって、懐胎時に父のいない子の出生を法が放任する結果となりかねず、そのことをむしろ懸念する。
    8.  (8) もはや医療界の自主規制に委ねられてよいことではなく、医療行為の名において既成事実が積み上げられていく事態を放置することはできない。
    9.  (9) わが国において戸籍の持つ意味は、諸外国にはない独特のものがあり、子にとって戸籍の父親欄が空白のままであることの社会的不利益は決して小さくはなく、子が出自を知ることへの配慮も必要。→生殖補助医療によって生まれる子にも配慮した戸籍法上の規定の整備も望まれる。
  4. 4 補足意見-今井功裁判官

    1.  (1) 現行法制が、自然生殖による懐胎により出生した子の父子関係を対象とし、死後懐胎子を想定していないことは明らか。
    2.  (2) 今日、生殖補助技術によって出生した子は、懐胎時に血縁上の父親が生存している場合のことであって、本件のように、懐胎時、すでに父親が死亡している場合のものではない。
    3.  (3) 死後懐胎の許否自体が、医療界でも意見の一致を見ず、議論がある。
    4.  (4) 厚生科学審議会生殖補助医療部会の提言を引用。
    5.  (5) 法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会の公表を引用
    6.  (6) 法廷意見のとおり、父と死後懐胎子の間に、親権・扶養・相続といった法律関係が生じる余地はなく、せいぜい父の親族との関係で扶養の権利・義務関係が生じるにすぎず、現行法との著しい解離を容認してまで認知を認める必要性に乏しく、既成事実を法的に追認することは相当でない。
    7.  (7) 自然懐胎の場合の死後認知においても同様の事態が起こりうるが、この場合の父親の死亡は偶発の事態の発生によるもので、懐胎当初から父親が死亡している場合とは趣を異にする。
    8.  (8) 生殖補助医療の技術の進歩が著しいことに鑑みると、早期の法制度の整備が望まれる。

第一審(松山地判平成15年11月12日)

 最高裁と同旨

原審(高松高判平成16年7月16日)

  1. 1 結論

     死後懐胎子による認知請求を認める。
  2. 2 要件

    1.  ① 子と父との間に血縁上の親子関係が存在すること
    2.  ② 父の同意があること
    3.  ③ 認知を認めることを不相当とする特段の事情がないこと
  3. 3 理由

    1.  (1) 民法787条が自然生殖しかない時代に制定されたからといって、そのことをもって、死後懐胎子からの認知請求をすること自体が許されないとする理由はない。
    2.  (2) 民法787条の規定する認知の訴えは、血縁上の親子関係が存在することを基礎とし、その客観的認定により、法律上の親子関係を形成する制度である。したがって、子の懐胎時に父が生存していることを、認知請求を認容するための要件とすることはできない。
    3.  (3) 死後懐胎子について認知が認められても、父を相続することや養育・扶養を受けることはできないが、父の親族との間に親族関係が生じ、父の直系血族との間で代襲相続権が発生するという法律上の実益がある。
    4.  (4) 夫の意思が介在せずに、親子関係を認めることは夫に予想外の重い責任を課すことになり妥当でないので、当該死後懐胎子の人工生殖による懐妊について夫の同意が必要と解される。

検討(私見)

  1. 1

     最高裁は、現行法制が自然生殖を前提としていることを強調しながらも、父親が生存していれば、自然生殖によらない体外受精による懐胎子との親子関係を認めることに問題はないとする。そうすると、現行法制が、今日の生殖医療技術の進歩を想定していないという理由は、決定的なものとは思われない。

     また、最高裁は、死後懐胎子の認知を認めても、死亡した父が親権者になる余地はなく、父から監護・扶養を受ける余地もないとするが、同様の事態は、懐胎後に父が死亡した場合にも起こりうることであり、死後懐胎特有の問題ではない。

     この点に関し、滝井補足意見は、懐胎後の父死亡は偶発的事情であり、少なくとも懐胎の時点においては、父からの養育等を受ける期待はあったはずであるが、死後懐胎の場合には、かかる期待がないとする。しかしながら、不治の病等で父親の死期が迫っており、懐胎時には父が生存していたが、出生時までの生存が見込めないというケースでは、死後懐胎と同様に、父からの扶養は懐胎の時点において期待できないという同様の利害状況が出現しうる。
  2. 2

     最高裁は、現行法制が血縁主義を徹底していないことも論拠に挙げるが、説得力に欠けると思われる。確かに、嫡出子の推定規定や嫡出否認の制限、認知の制限等の規定は、血縁関係がないのに親子関係を認めたり、また、血縁関係があるのに親子関係を否定するという事態も想定している。しかし、それはあくまでも、父親が誰であるかを確定するとともに、法的安定性を保護するための法技術であり、積極的に血縁関係を軽視して親子関係の存否を決定することを意図したものではない。

     むしろ、最高裁のように、誰が父親であるか明らかであるにもかかわらず、父親を定める権利を剥奪し、父親不在という異常事態を生じさせることこそ、現行法は想定していなかったと思われる。
  3. 3

     最高裁は、死後懐胎の場合、父からの扶養のみではなく、相続権もないことや代襲相続の余地もないことを指摘し、死後懐胎子の認知の実益は、せいぜい父親の親族との間に親族関係が生じるにすぎないとして、認知を容認することの利益が小さいことを強調する。

     しかしながら、滝井裁判官の補足意見にもあるように、わが国の戸籍制度では父親欄は空白となり、これによる子の社会的不利益は決して小さくはない。父親の存在しない子の誕生こそ、自然の摂理に反する異常事態であり、得られる法的効果のメリットが小さいことを理由に親子関係を否定することは、法が予定するものではないであろう。
  4. 4

     では、親子関係を容認すると、どのような不利益ないし弊害が生じるのか。

     この点について、最高裁は、これを容認すると、死後懐胎が放置され、医療の進歩が先行した既成事実が積み上げられていくとともに、医療倫理上も大きな問題を孕んでいるとする。

     しかしながら、前者については、誇張であろう。本件がそうであるように、死後懐胎となってしまったのは、極めて偶発的事情である。本件で死後懐胎となってしまったのは、不幸にも人工授精を実施する直前に父親が病死したためであり、意図したものではない。

     また、後者についても、父親の存在しない子の誕生を許容するという異常事態を是認してまで考慮すべき法的利益とは思えない。死者の保存精子を使用して懐妊することを認めるか否かは純粋に医療倫理の問題であるが、死者の保存精子が利用されて子が誕生した場合に子の父を定めることは、当該子にとって重要な法律上の利害と言えるからである。
  5. 5

     もっとも、生前の父の同意を懐胎時にも当然に有効と考えてよいか否かには、特別な配慮が必要であろう。死後懐胎に対する父親の同意が明らかで、かつ、当該同意から死後懐胎が実施されるまでの期間も短く、同意の継続が強く推定される場合に限定すべきものと考える。

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