医療裁判と鑑定・意見書 | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

医療裁判と鑑定・意見書

医療裁判と鑑定・意見書

弁護士・医学博士 金﨑 浩之

はじめに

医療裁判において医師(専門家)による見解が証拠資料として提供されるものに、裁判所が選任した鑑定人による鑑定書と、当事者が依頼した協力医による意見書があります。後者は、鑑定人により作成されたものではないので、厳密には鑑定書ではないのですが、専門家による意見という性質から、実質的には鑑定書に相当するという考え方もあって、私的鑑定意見書と呼ばれることもあります。しかし、これを鑑定書と呼ぶのは、法律的には問題があるので、ここでは意見書という呼び方で統一したいと思います。 さて、ひとつの裁判で、複数の鑑定書、意見書が証拠資料として提供され、かつ、その内容及び結論が相反するものであることは珍しくありません。そのような時、裁判所としては、これらの専門家の意見をどのように取捨選択し、判決に活かすかは悩みどころだと思います。

事案の概要

  • 当時80歳代の患者が脳梗塞のため、平成4年11月から入院加療を受ける。
  • 同年12月頃から発熱。抗菌薬の投与が開始される。
  • その後、発熱・下痢。喀痰から黄色ブドウ球菌が検出されたため、平成5年1月11日から18日までの7日間、エポセリン(第3世代セフェム)を投与。
  • 同月25日、尿から緑膿菌が検出。同日から2月13日までスルペラゾン(第3世代セフェム)を投与。
  • 1月28日に喀痰から、2月1日に便からMRSAが検出される。2月1日からミノマイシン、バクタが投与される。
  • 3月4日、喀痰から少量のMRSA、多量の緑膿菌が検出され、アミカシンが投与される。なお、バンコマイシンの投与が開始されたのは、3月18日から。
  • その後も、MRSAの消失・検出を繰り返し、緑膿菌も依然として検出されたことから、リファンピシン、クリンダマイシン、チェナム等の多種の抗菌薬が投与されるに至る。
  • 同年7月に腎不全、8月31日に多臓器不全のため死亡。

患者側が主張する過失の要旨

患者側からは、被告の過失として、次の3点が主張されました。

  1. ① 第3世代セフェム系の抗菌薬投与によって、MRSA感染症を発症させた過失
  2. ② 患者にMRSAが発症した時点でバンコマイシンの投与を開始しなかったため、MRSA消失を遷延させた過失
  3. ③ 多種類の抗菌薬を投与したために、MRSA感染症や多臓器不全を発症させた過失

意見書・鑑定書

本件では、患者側からF意見書(国立大学医学部教授作成)とI意見書(私立大学医学部細菌教室教授作成)が提出されており、医療側からはG意見書(前国立大学医学研究所感染症研究部教授作成)が提出されていました。そして、裁判所が選任した鑑定人によるH鑑定書(私立大学医学部感染症学教授)もありました。いずれも、立派な肩書きの医師による意見書・鑑定書であり、その意味では申し分のない水準の専門家意見が証拠資料となっていました。 なお、後述する原審の判決内容から推察して、これらの意見書・鑑定書の結論部分を次のように整理できます。

F意見書 医師の責任肯定   G意見書 医師の責任否定 I意見書 医師の責任肯定   H鑑定書 医師の責任否定

これをみると、4人の専門家の意見は真二つに割れました。もっとも、H鑑定書は、当事者の依頼した協力医の意見書とは異なり、裁判所が選任した中立的な専門家の意見ですから、結論だけ比較すれば、医療側有利といえそうです。

原審の判決内容

上記のような意見書・鑑定書を前提として、原審は、患者側の請求を棄却しました。 まず、過失①に関して、F意見書に、「当時の臨床医学においては、第3世代セフェム系抗菌薬を投与することは一般的であった」という記載があること、H鑑定書も、「セフェム系の抗菌薬の投与が抗菌薬投与全体の中で問題があったとは言えない」という記載があることを根拠に、医療側の過失を否定しています。 次に、過失②に関しては、H鑑定書が、「MRSAの保菌者に対する安易なバンコマイシンの使用は、耐性菌を生み出しその後の治療を困難にする危険をはらんでいる、ミノマイシンやバクタによって、便からMRSAが消失したという臨床経過が認められる」とする記載があることを決め手に、医療側の過失を否定しました。 最後に、過失③に関しては、F意見書も、G意見書も、「多種類の抗菌薬を投与することは当時の臨床医学において一般的であった」という内容の記載を引用して、医療側の過失を否定しています。 興味深いのは、医療側の過失を否定するための資料として、患者側から提出されたF意見書の内容が引用されている点です。判決文には、意見書や鑑定書の全文が掲載されているわけではないので確実的なことは言えないのですが、おそらく、F意見書の中に、医療側に有利な箇所が散見されたのだと思います。

最高裁判例(最高裁平成18年1月27日第二小法廷判決

最高裁は、次のように判示して、原審を破棄、差し戻しました。 まず、過失①について、院内感染防止マニュアルには、第3世代セフェム系の投与は避けるべきであると記載されていること、H鑑定書には、第3世代セフェム系抗菌薬を選択したことが、当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の記載があることを理由に、過失①を否定した原審の判断は、経験則又は採証法則に反するとしました。 過失②については、H鑑定書には、医師らが2月1日(MRSA検出時)ころの時点で、バンコマイシンを投与しなかったことが、当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の記載があることを理由に、原審の判断は、経験則又は採証法則に反するとしました。 そして、過失③について、G意見書には、医師らが必要のない抗生剤を投与したことなどが、当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の具体的かつ批判的な記載があること等を理由に、原審の判断は、経験則又は採証法則に反するとしました。

本最高裁判例が採用した採証法則

この最高裁判決の興味深いところは、意見書や鑑定書のような専門家の意見の結論部分に左右されずに、その内容を検討したうえで、内容の一部を取り上げて判決理由とするという手法を採用している点です。 要するに、患者側に有利な結論となっている患者側提出の意見書から、その内容の一部を引用して医療側に有利な証拠資料としたり、逆に、医療側に有利な結論となっている医療側提出の意見書から、患者側に有利な部分を引用して証拠資料とする手法を採用しています。 具体的には、過失①及び②について、結論的には医療側を支持したものと目されるH鑑定書から、患者側に有利な部分を引用して原審の判断を斥け、過失③については、医療側から提出されたG意見書から、患者側に有利な部分を引用して、原審の判断を違法としています。 このような最高裁の判断手法は、法律的観点からみると、極めて妥当と思われます。私も今までに医師が作成した意見書、鑑定書をたくさん読んできましたが、そのほとんどが被告医療機関の過失の有無、因果関係の存否に言及しています。しかしながら、そもそも、過失というのは法律上の概念であり、裁判所が判断すべき専権事項です。また、因果関係という概念についても、損害賠償の公平な分担という観点から位置づけられる法的概念であり、医師が考える科学的因果関係とは違います。したがって、医師が意見書や鑑定書の中で言及する過失の有無、因果関係の存否に関する部分は、非専門家の意見という性質を帯びてくるのです。 したがって、裁判所が医師の責任部分に直接言及する結論部分にとらわれずに、その内容を慎重に検討して選択するのは、基本的に正しい判断手法というべきだと思います。

代理人弁護士として重要なこと

このような最高裁判例の判断手法を踏まえると、医療訴訟に携わる弁護士として注意すべき点は、協力医に意見書の作成を依頼する場合には、その協力医が意見書の中で述べようとしている内容を慎重に吟味したうえで、証拠とする価値を分析したうえで、最終的に証拠として提出すべきか否かを検討することだと思われます。 また、相手方から提出された意見書であっても、どうせ結論部分は相手方に有利と決めつけずに、その内容を丹念に検討し、こちらに有利な部分を洗い出す作業が求められます。 さらに、鑑定書に関しても、結論部分で一喜一憂するのではなく、その内容を精査してこちらに有利な部分を準備書面中に引用する努力が必要だと痛感します。 現実に、私自身の経験でも、被告が提出した意見書を逆手にとって、こちらに有利な証拠として主張を構成し高額和解の獲得に成功したこともありますし、また、3人の鑑定人のうち、1人が被告有責、2人が被告無責という結論であったにもかかわらず、その内容を丁寧に検討し、こちらに有利な部分を積極的に引用することによって、裁判所から高額な和解額が勧試されたこともありました。

考察

ちなみに、個人的には、原審の採証法則違反により最高裁から破棄差し戻しされため、上告人である患者側が漁夫の利を得たという感想です。 そもそも、この事例は、患者の治療が困難で救命可能性は著しく低かったのではないかと考えます。というのも、この事件の患者は、80歳代という高齢に加え、脳梗塞という重大な基礎疾患をもっていました。さらに、原因菌として少なくともMSSA、MRSA、緑膿菌が検出されていることから、混合感染だったものと思われます。抗MRSA薬であるVCM(バンコマイシン)の投与が遅れた事実はありますが、その後消失と再発を繰り返し、顕著な治療抵抗性を示しています。しかも、緑膿菌は自然耐性を獲得している菌種も多く、時にMRSA以上に治療に難航することもあるそうです。高齢で重大疾患を基礎疾患にもつ易感染性の患者に、MRSAや緑膿菌等による混合感染が発症したという事実関係や、顕著な治療抵抗性がうかがえるという臨床経過に照らせば、救命可能性にあまり現実性が感じられません。 また、患者側の弁護士が構成した過失の主張も、ポイントがずれており、医学に精通した弁護士の立論には思えませんでした。 過失①について、原告は、セフェム系抗菌薬の投与により、原因菌であった黄色ブドウ球菌が耐性を獲得してMRSAになったと主張していますが、想像の域を出ません。そもそも、MRSAは、院内感染の原因菌としては有名な菌であり、入院患者にいつMRSA感染症が発症しても不思議ではありません。また、セフェム系抗菌薬の乱用でMRSAが広がったという歴史的背景は確かにありますが、特定の患者に投与したセフェム系抗菌薬が短期間のうちに、当該患者の黄色ブドウ球菌を耐性化させたという機序を、医学的知見で裏付けることは容易ではありません。そのような機序が正しければ、今頃は日本中がVCM耐性MRSAであふれています。 過失②は、重箱の隅を突くような議論の印象を拭えません。確かに、当該事案ではVCMの投与がMRSA検出から1ヶ月以上経過してからなされており、この点の過失は十分に認定しえると思います。しかしながら、3月4日には、多量の緑膿菌が検出されていることから、この緑膿菌をコントロールすることは患者を救命するためには極めて重要だと思われます。というのは、この菌種は、グラム陰性桿菌に属し、エンドトキシン・ショックを引き起こして致死的となりうるからです。ところが、患者側は、この緑膿菌にはあまり興味がない様子で、患者を死亡させたのはMRSAであり、したがって、MRSAに対するVCMの投与が遅れたことが最大の死亡原因であるかのような前提で過失が組み立てられているように見受けられるのです。 過失③もあまり医学的な主張には思えません。個々の抗菌薬投与の当否を検討せずに、多種類の抗菌薬を投与したことを非難するものですが、これがなぜ死亡結果に結びつく過失を構成するのかよくわかりません。臨床経過をみると、被告病院が多種類の抗菌薬を投与したのは、これまでの治療戦略が奏効せず、行き詰まった結果にすぎないように思われます。この時に、どのような治療戦略に変更していたら、患者を救命できたのか全く不明です。 言うまでもなく、損害賠償論における過失は、結果と結びつく過失でなければなりません。死亡結果とは関連性がない落ち度を指摘しても、医師の責任を肯定することはできないはずです。 翻ってこの事案を分析すると、最高裁は、原審に対して採証法則違反であると判示しましたが、医療側に過失があるとか、因果関係が認められるなどという判断はしていません。あくまでも手続的な違法を指摘しているだけです。ところが、この事案は原審に差し戻された後、和解で終結したそうです。訴訟経過から推察して、患者側が高額和解を獲得したのではないかと思います。このような勝ち方もあるのだと勉強になる事案でした。

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