判例勉強会(平成30年8月24日) | 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

判例勉強会(平成30年8月24日)

判例勉強会(平成30年8月24日)

弁護士 上田 圭介

紹介する判例

最判平成18年1月27日
裁判所による鑑定書、意見書の引用と判断手法について中心に取り上げる。
一審:東京地裁(医療集中部は平成13年4月から設置。)

事案の概要

患者(甲野春子)は、脳梗塞の治療のために入院していた平成4年12月31日、発熱に対し第1世代セフェム系抗菌剤ケフラールが投与されたが、平成5年(以下単に月日のみを記載する場合は同年を指す。)1月11日に喀痰から黄色ブドウ球菌が検出されたことから、第3世代セフェム系のエポセリン及びスルペラゾンが投与された。 2月1日、喀痰からMRSAが検出され、それを受けて、ミノマイシンとバクタが投与された。3月18日からバンコマイシンが投与された。なお、発熱後は記載したもの以外にも複数の抗生剤が投与されており、3月30日以降は7種類の抗生剤が投与されていた。 その後、MRSAの消失と検出が繰り返され、緑膿菌も検出されていたところ、7月に腎不全、8月25日には肝機能低下、その後、心機能と肺機能も低下し、8月31日に多臓器不全のために死亡した。表の形式で記すと以下のとおりである。

日時 症状、検査等 日時 対処
平成4年11月 脳梗塞 平成4年11月 被告の開設する病院に緊急入院。
12月31日~ 発熱 12月31日~平成5年1月10日 第1世代セフェム系ケフラールの投与開始。
1月11日 喀痰から黄色ブドウ球菌が検出される。
1月11日~1月18日 広域の抗生剤である第3世代セフェム系エポセリン投与。
1月25日~2月1日 広域の抗生剤である第3世代セフェム系スルペラゾン投与。
2月1日 喀痰からMRSA検出。
2月18日 MRSAが検出されなくなる。 2月1日~2月21日 ミノマイシン投与。
2月1日~2月26日 バクタ投与。
3月4日 喀痰から少量のMRSAと緑膿菌検出。 3月4日~3月18日 アミカシン(抗緑膿菌作用)投与。
3月17日 喀痰から大量のMRSAと緑膿菌検出。
3月17日~3月22日 バクタ投与。
3月18日~3月28日 バンコマイシン投与。
3月30日 この時点では7種類の抗生剤を投与中。
MRSAの消失と検出が繰り返される。緑膿菌も検出されている。 リファジン、ペントシリン、トブラシン、クリンダマイシン、ダラシン、アザクタム、チェナム、タリビッドといった抗生剤投与がされていた。
7月 腎不全
8月25日~ 順次、肝機能低下、心機能、肺機能の低下
8月31日 多臓器不全のために死亡。

争点

過失①

広域の抗生剤である第3世代セフェム系のエポセリンやスルペラゾンを春子に投与すべきでなかったのに、これらを投与したことにより、平成5年2月1日ころまでに、春子にMRSA感染症を発症させた過失

過失②

春子にMRSA感染症が発症した上記時点で抗生剤バンコマイシンを投与すべきであったのに、これを投与しなかったことにより、春子のMRSAの消失を遅延させた過失

過失③

春子の入院期間中、多種類の抗生剤を投与すべきでなかったのに、これをしたことなどにより、春子にMRSA感染症、抗生物質関連性腸炎、薬剤熱、肝機能障害、じん不全、けいれんや多臓器不全を発症させた過失

裁判所の判断

争点①第3世代セフェム系抗生剤を投与した過失

原審

上告人ら提出のF意見書によっても、当時の臨床医学においては丁木医師らと同様に第3世代セフェム系抗生剤を投与するのがむしろ一般的であったことがうかがわれるとした上で、G意見書及びH鑑定書に基づいて、丁木医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことに過失があったとは認め難いとしたことは、原判決の説示から明らかである。

判断
院内感染マニュアル

本件記録によれば、国立病院・国立療養所院内感染防止マニュアル作成委員会作成の院内感染防止マニュアルには、第3世代セフェム系抗生剤は、広域の細菌に対して強い抗菌力を有するものの、ブドウ球菌に対する抗菌力が比較的弱いため、同抗生剤が濫用された結果、耐性を獲得したブドウ球菌であるMRSAが選択的に増殖し、病院内で伝ぱするようになったという経過があることに照らすと、MRSA感染症の発症を予防するためには、感染症の原因となっている細菌を正しく同定して、適切な抗生剤を投与すべきであり、第3世代セフェム系抗生剤の投与は避けるべきであると記載されているし、F意見書やI意見書にもこれと同趣旨の記載があることからすると、当時の臨床医学においては第3世代セフェム系抗生剤を投与するのがむしろ一般的であったことがうかがわれるとしても、直ちに、それが当時の医療水準にかなうものであったと判断することはできないものというべきである。

G意見書(医療機関側提出)

この点について、G意見書には、丁木医師らが臨床的に呼吸器感染を疑ってエポセリンを、緑膿菌の対策としてスルペラゾンを投与したことも妥当であるとする記載部分があることは、原判決の説示するとおりである。しかし、本件記録によれば、G意見書は、エポセリンやスルペラゾンがその投与の時点で細菌に対する感受性を有していたことを指摘するにとどまるものであって、これらに代えて狭域の抗生剤を投与すべきであったか否かという点については検討をしていないことがうかがわれるのであり、同意見書が、被上告人提出のものであり、その内容について上告人らの尋問にさらされていないことも考慮すると、安易に同意見書の結論を採用することは相当でない。したがって、G意見書に上記記載部分があることをもって、第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことの過失を否定する根拠とすることはできない。

H鑑定書

そして、H鑑定書については、本件記録によれば、同鑑定書には、「抗生剤治療には一部不適切な部分が認められる」、「1月6日の血液検査で……ケフラール使用中にもかかわらず炎症反応が悪くなっていることから注射による抗生剤の治療が必要と考えられるが、実際に注射が投与されたのは1月12日であり、選択した薬剤も抗菌力はあるもののブドウ球菌に対して比較的弱いとされている第3世代に属するエポセリンを選択している」など、丁木医師らが抗生剤として第3世代セフェム系のエポセリンを選択したことが、当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の指摘をするものと理解できる記載があることがうかがわれる。

そうすると、当時の臨床医学においては丁木医師らと同様に第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与することがむしろ一般的であったことがうかがわれるというだけで、それが当時の医療水準にかなうものであったか否かを確定することなく、同医師らが第3世代セフェム系抗生剤のエポセリンやスルペラゾンを投与したことに過失があったとは認め難いとした原審の判断は、経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。

争点②バンコマイシンの不使用について

原審

原審が、H鑑定書、F意見書及びG意見書に基づいて、丁木医師らが2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与していないことに過失があるということはできないとしたことは、原判決の説示から明らかである。

判断
H鑑定書

MRSAの保菌者に対する安易なバンコマイシンの使用については、バンコマイシンに対する耐性菌を生み出し、その後の耐性菌に対する治療が深刻な問題になる危険をはらんでいるとした上で、丁木医師らの投与したミノマイシンとバクタによっても、時間を要したものの、春子の便からMRSAが消失したという臨床経過が認められるのであるから、同医師らの処置が不適切であったとまでは断定できないとする記載部分があることも、原判決の説示するとおりである。しかしながら、本件記録によれば、H鑑定書には、「抗生剤治療には一部不適切な部分が認められる」、症状や検査結果を考慮すると、「MRSA腸炎の存在を念頭に置く必要がある。2月3日に2月1日に検査したふん便からMRSAが証明された時点でバンコマイシンの経口投与を開始することの是非が検討されるべきと考える。」、「理論的にはバクタはバンコマイシンに比べて腸管からの吸収が良いことから腸管内のMRSAに対しての効果はバンコマイシンほどではないと考えられ、鑑定人としては第一選択薬としてはバンコマイシンを推奨する」、「2月3日に便からMRSAが検出されていることが判明し、下痢が続いていた時点でMRSA感染症と判断してバンコマイシンが使用されていれば、今回の臨床経過に比べてより早く便からMRSAが消失したことが予想される。」、「2月に抗MRSA薬を開始していれば結果が異なった可能性はある。」、「その後MRSAの定着が抑制されれば死亡という最悪の事態は避けられたことも考えられる」など、丁木医師らが2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与しなかったことが、当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の指摘をするものと理解できる記載もあることがうかがわれる。

F意見書(患者側提出)

バンコマイシンを投与していないことを問題にする記載部分がないことは、原判決の説示するとおりであるが、本件記録によれば、同意見書には、MRSA感染症又はその疑い例に対しては、平成5年当時も現在もバンコマイシンが第1選択薬であるのは世界的な水準であり、そのこと自体には何らのしゅん巡も不要であるなどの記載もあり、同意見書が、同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことについて、当時の医療水準にかなうものであるという趣旨の指摘をするものであるか否かは、明らかではないといわざるを得ない。したがって、F意見書に上記記載部分がないことをもって、過失を否定する根拠とすることはできない。

G意見書(医療機関側提出)

2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与していないことを問題にする記載部分がないことは、原判決の説示するとおりであるが、そのことに問題がなかったともしていないのであり、当時の医療水準にかなうものであるという趣旨の指摘をするものであるか否かは、明らかではないといわざるを得ない。したがって、G意見書に上記記載部分がないことをもって、過失を否定する根拠とすることはできない。

そうすると、H鑑定書、F意見書及びG意見書に基づいて、丁木医師らが2月1日ころの時点でバンコマイシンを投与しなかったことに過失があるということはできないとした原審の判断は、経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。

争点③多種類の抗生剤の投与について

原審

原審が、上告人ら提出のF意見書によっても、実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるとした上で、H鑑定書及びG意見書に基づいて、丁木医師らが多種類の抗生剤を投与したことに過失があったとは認め難いとしたものであることは、原判決の説示から明らかである

判断
院内感染マニュアル

しかしながら、本件記録によれば、前記院内感染防止マニュアルには、MRSA感染症の発症を予防するためには、科学的評価に基づく適正な種類の抗生物質のみを使用すべきであると記載されているし、F意見書やI意見書にもこれと同趣旨の記載があることからすると、実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるとしても、直ちに、それが当時の医療水準にかなうものであったと判断することはできないものというべきである。

H鑑定書

また、H鑑定書には、多種類の抗生剤を投与したことを問題にする記載部分がないことは、原判決の説示するとおりであるが、本件記録によれば、同医師らが多種類の抗生剤を投与したことの適否については、鑑定事項とされなかったために、同鑑定書には、この点についての鑑定意見の記載がないことがうかがわれ、同鑑定書に上記記載部分がないことをもって、同医師らが多種類の抗生剤を投与したことの過失を否定する根拠とすることはできない。

G意見書(医療機関側提出)

さらに、G意見書には、丁木医師らの抗生剤の使用が、全体としては当時の医療レベルで許容範囲内のものであったとする記載部分があることは、原判決の説示するとおりであるが、本件記録によれば、同意見書は、被上告人提出のものでありながら、「4月初旬の計5種類の抗生物質併用は問題無しとは言えない。」、「使用意義の理解できないものに3月27日~4月5日のビクシリン、5月に行われたアザクタム、チェナム併用がある。前者は何を目標にしたのか不明であり、後者は抗菌機序からみて併用する意味はない。」、「保険適応外の抗生物質を含んだ多剤投与や……一部に無意味と思われる併用等、2、3の問題は残る。」、「甲野さんに使われた抗生物質をみるとやや“薬漬け”の感が無くはない」など、同医師らが必要のない抗生剤を投与したことなどが、当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の具体的かつ批判的な指摘をするものと理解できる記載があることがうかがわれる。

そうすると、実情としては多種類の抗生剤を投与することが当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるというだけで、それが当時の医療水準にかなうものであったか否かを確定することなく、丁木医師らが多種類の抗生剤を投与したことに過失があったとは認め難いとした原審の判断は、経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。

結論

以上のとおり、丁木医師らの抗生剤の使用に過失があったとは認められないとした原審の判断には、経験則又は採証法則に反する違法があり、この違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。これと同旨をいう論旨は理由があるから、原判決は破棄を免れない。そこで、丁木医師らの抗生剤の使用に過失があったかどうか等について、更に必要な審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

コメント

1 鑑定書・意見書の検討を行う前に、文献(院内感染マニュアル)を検討している(争点①、争点③)。裁判所が客観的証拠を重視していることが窺える。

2 鑑定書や意見書について、その結論部分等の一部のみを用いて判断することは許されず、意見の内容全体を吟味すべきとしている。

3 吟味手法

(1)意見書において、ある行為を問題とする記載がないことのみからは、その行為に問題がなかったとか、医療水準にかなうものであるとの趣旨は読み取れず、それゆえ直ちに過失がないことを否定する根拠にはできないとしている(争点②F意見書、G意見書)。

(2)鑑定書において、問題視されていない行為であっても、そのことが鑑定事項とされていないのであれば、同不記載を直ちに過失を否定する根拠とすることはできないとしている(争点③H意見書)。

(3)意見書は、一方当事者が提出するものであり、その内容について他方当事者の尋問にさらされていないことを考慮すると、安易にその結論を採用することはできないとしている(争点①G意見書)。

(4)意見書に、提出した当事者にとって不利な記載があると、その記載部分の信用性は高くなると読み取れるような表現がある(争点③G意見書「被上告人提出のものでありながら」)。

(5)鑑定書の結論部分を導くための検討内容を吟味した結果、むしろ結論とは逆の結論となる趣旨の指摘をするものと理解できるとする(争点②H鑑定書)。

補足判例(医療水準と医療慣行)

最判昭和36年2月16日

人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求される。

最判昭和57年3月30日

右注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である。

最判平成8年1月23日

医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない。

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