内視鏡検査(精密検査)による胃癌の見落し| 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates

内視鏡検査(精密検査)による胃癌の見落し

内視鏡検査(精密検査)による胃癌の見落し

はじめに

弁護士 金﨑 浩之

今回のテーマは、医療集中部に現在係属中の事件で、私が関与している案件の報告となります。この事件は、診療所の胃X線検査で異常所見が見つかったため要精密検査となり、某国立病院で内視鏡検査を受けたところ、慢性萎縮性胃炎と診断されました。その後、治癒切除不能の進行胃癌がみつかり、患者さんは他界されたという事例です。本訴では、すでに3人の医師による書面鑑定が一応終了しており、1人が医師の責任を認めておりますが、2人の鑑定人は責任を否定しております。鑑定結果を踏まえ、裁判所から1800万円の和解案(金額の根拠は不明)が提示されましたが、被告の責任を否定している鑑定書のうちのひとつは、内容的に問題があり、その点を当職らが指摘したところ、裁判所もそれを認めて、その鑑定人に対しては、鑑定のやり直しを命じるという異例の展開となりました。なお、本文の内容は、東京弁護士会医療過誤法部の研究会で発表した時のレジュメと同様です。

事案の概要

患者背景

  • 女性(50代前半)
  • 喫煙歴なし、癌死の家族歴あり。
  • ピロリ菌の検査はしていない。

診療経過

平成22年2月23日(胃X線)

本件患者は、被告医師が経営する診療所(被告診療所)において、胃癌の個別検診を受診し、バリウム造影による胃のX線撮影を行う。その結果、胃体下部大弯後壁に粘膜異常の所見を認め、要精密検査となる。

平成22年3月18日(上部消化器内視鏡)

胃癌の精密検査のため、本件患者は、国立医療法人(被告医療法人)において、胃の通常内視鏡検査を受け、慢性萎縮性胃炎と診断される。なお、インジコカルミン等の色素散布はなされていない。

平成23年11月11日(胃X線)

本件患者は、被告Aの診療所にて胃癌の個別検診(バリウム造影によるX線撮影)を受けたところ、検査結果は「異常なし」であった。

平成24年3月14日(入院)

約2週間前からの下腹部痛、軟便、下痢等を主訴として、被告医療法人を受診しCT検査を受けたところ、癌性腹膜炎との診断で、同日、急遽入院となった。後日、病理検査等を経て、ステージⅣの進行胃癌、切除不能との確定診断を受ける。

平成24年12月21日

患者死亡

受任に至った経緯

依頼者(患者の夫)は、平成23年11月11日に施行された胃X線検査の異常なしという検査結果に不審を抱き、被告診療所の提訴を希望して来所。そこで、被告診療所の医療ミスの可能性を探索するために調査受任し、協力医と協議。協力医の見解は、「同日の胃X線写真には、明らかに胃癌を疑える所見が認められることから、被告診療所の診断ミスであると評価できるが、印環細胞癌が検出されていることから予後は変わらなかったと思われる」というものであった。意見書作成のお願いはしていない。協議の結果、被告診療所だけではなく、被告医療法人も提訴とした。意見書を獲得できていないので、鑑定申請の方針。なお、本件では印環細胞癌が検出されているため、スキルス胃癌の可能性も想定して準備した。

争点

過失

  • 平成22年3月18日の時点で、本件患者は胃癌に罹患していたといえるか(前提事実)。
  • 平成22年3月18日に実施された内視鏡による精密検査は適切であったか(被告医療法人の過失)。
  • 平成23年11月11日に実施された胃X線検査によるスクリーニング検査は適切であったか(被告診療所の過失)。

因果関係

  • 仮に平成22年3月18日に内視鏡検等による精密監査が適切に実施されて胃癌と診断され、治療が開始されていた場合における患者の生命予後(被告医療法人の責任との関係で)。
  • 仮に平成23年11月11日に胃X線検査等が適切に実施され、精密検査を経て胃癌と診断され、治療が開始されていた場合における患者の生命予後(被告診療所の責任との関係で)

    ※なお、被告診療所からは、因果関係との関連で、子宮癌の胃転移の可能性が主張されている。

医学的知見

問題意識

本件では、病理で印環細胞癌(sig)が検出されており、明らかな隆起を形成していないタイプの胃癌であったため、スキルス胃癌であることを想定した。スキルスは、一般的に早期発見が難しい胃癌と信じられているが疑問があった。というのは、スキルスは、肉眼所見の4型胃癌に相当することからも明らかなように、進行胃癌の一種であり、早期に発見されればスキルス胃癌とは評価されないはずだからである(粘膜内にとどまっている初期病変をスキルスとは呼べない)。そこで、スキルス胃癌になる前に拾い上げるべき初期の標的病変とは何かを考えた。

胃癌の分類

肉眼所見

胃癌取扱い規約

  • 0型:表在型
  • 1型:腫瘤型
  • 2型:潰瘍限局型
  • 3型:潰瘍浸潤型
  • 4型:びまん浸潤型
  • 5型:分類不能

0型の亜分類

  • 0-Ⅰ型:隆起型
  • 0-Ⅱ型:表面型
    • 0-Ⅱa型:表面隆起
    • 0-Ⅱb型:表面平坦型
    • 0-Ⅱc型:表面陥凹型
  • 0-Ⅲ型:陥凹型

組織型

  • a. 乳頭腺癌(pap)
  • b. 管状腺癌(tub)
    • 高分化(tub1)
    • 中分化(tub2)
  • c. 低分化腺癌(por)
    • 充実型(por1)
    • 非充実型(por2)
  • d. 印環細胞癌(sig)
  • e. 粘液癌(muc)

※但し、ひとつの組織型からなる胃癌はほとんどなく、一般的には上記組織型が混在したものとなる。例:sig>por1>tub2

胃癌成長の自然死(「改訂版スキルス胃癌、基礎と臨床」、57頁)

  • 癌発生から胃切除までの経過時間
    潜在型で約3年、典型型で約8年
  • 癌が粘膜下組織に浸潤したときから切除までの経過時間
    潜在型で3年以内、典型型で約4年

将来スキルスになりうる初期の標的病変

  • 0-Ⅱc型
  • 印環細胞癌や低分化腺癌等の悪性度が高い組織型

胃癌が疑われる異常所見とは何か

  • 隆起性病変、陥凹性病変(潰瘍、びらん)
  • ヒダの集中
  • ヒダの走行異常(太まり・細まり、蛇行、中断)
  • 胃の萎縮・狭窄(特にスキルス)

検査方法(画像なので当日文献を配付します)

  • 胃X線
  • 内視鏡
  • 病理

鑑定意見

X鑑定人

前提事実

平成22年3月18日に実施された内視鏡検査の時点で臨床的に診断可能な胃癌(原発性)は存在していた。なお、子宮頸癌の転移と考えるのは非常に困難である。

過失

平成22年3月18日の内視鏡検査で胃体下部大弯後壁の異常所見(粘膜ひだ集中等)を見落としたのは、重大な過失がある(本件が精密検査であることに言及)。

平成23年11月11日に実施された胃X線検査で胃体下部大弯後壁の異常所見(粘膜ひだの著明な肥厚等)を見落としたのは、過失に相当する。

因果関係

平成22年3月18日の時点では、臨床病期はⅡ期と推定され、5年生存率は65%である。したがって、適切な治療を受けていれば、平成24年12月21日(死亡時)の時点で生存していた可能性は80%以上である。

平成23年11月11日の時点では、臨床病期はⅢ期と推定され、5年生存率は47%である。したがって、適切な治療を受けていれば、平成24年12月21日(死亡時)の時点で生存していた可能性は少なくとも50%以上を推測する。

Y鑑定人

前提事実

平成22年3月18日の時点で臨床的に診断可能な胃癌(原発性)は存在していた。なお、印環細胞癌は婦人科系では考えにくい。

過失

平成22年3月18日の内視鏡検査で異常なし(慢性萎縮性胃炎)と判断したことは医学的にはやむを得ない。印象的には、70%の医師は本件で異常を指摘できるが、30%は見落とすと思われる。本件の異常所見は、死角にある。

平成23年11月11日の胃X線検査で胃癌を疑わなかったのは、医学的に誤りである。

因果関係

平成22年3月18日の内視鏡検査で胃癌が発見されていれば、癌が治癒して生存している可能性は50%~90%(ⅠB期~Ⅲ期)であったと考えられる。

平成23年11月11日の時点では、既に治癒切除は不可能であり、生存期間はあまり変わらなかったと考える。

Z鑑定人

前提事実

平成22年3月18日の時点で、臨床的に診断可能な胃癌が存在していた可能性は低い。なお、患者の疾患は原発性胃癌であると考える。子宮癌の胃浸潤はまれであり、印環細胞癌も考えにくい。

過失

平成22年3月18日の内視鏡検査で、胃癌の診断は困難である。

平成23年11月11日の胃X線検査で、臨床的に診断可能な胃癌が存在していた可能性は高い(過失があるということか?)

因果関係

仮に平成22年3月18日の内視鏡検査時に胃癌に罹患していれば、早期癌であった可能性が高い。しかし、あくまでもこの時点で胃癌に罹患していればという仮定の話し。

平成23年11月11日の胃X線検査の時点では、早期癌ではない可能性が中程度ある。したがって、予後は変わらなかったと考える。

被告医療法人から提出された意見書(X鑑定人に対する反論)

上記鑑定結果を受けて、被告医療法人から、X鑑定人の鑑定内容に反論する意見書が3通提出された。

A医師

鑑定人が異常所見として指摘している箇所に明らかな色調の変化や不整な凹凸等の癌を疑う所見は見慣れない。

鑑定人が指摘している「ひだの合流や細かな凹凸」は他の部位にも見られる。

胃癌という予断をもって読影評価したためにバイアスがかかったのではないか。

胃内視鏡検査では、ある程度の確率で見落しが生じることはやむを得ない。胃内視鏡検査の偽陰性率は14.8%であるという報告がある(日本消化器がん検診学会雑誌、「当院における胃内視鏡検診偽陰性例の検討」)。

B医師

平成22年2月23日施行の胃X線写真の背臥位正面二重造影写真は、胃下垂のため、バリウムをどかすことができず、十分な評価ができない。

ちば県民保健予防財団では、年間11万件以上の胃X線検査を検診で行っているが、要精密検査判定は6~7%で、がん発見率は0.13~0.14%である。

慢性萎縮性胃炎以外は、はっきりとした隆起あるいは陥凹、粘膜の変化などの異常を認めない。よって、胃X線検査のひだ腫大所見は慢性萎縮性胃炎のためだったと内視鏡検査担当医が考えることは妥当である。

進行胃癌の存在の中心は、体中部後壁大弯よりで、体下部から体上部にかけ存在しており、鑑定で指摘された写真の矢印とは位置が異なり、平成22年3月18日の内視鏡検査で明らかながんと診断することは過剰診断である。

C医師

平成22年2月23日施行の胃X線写真は、非常に撮影技術に優れ、臨床診断に適すると考える。前情報がない前提でダブルチェックしたところ、2人の医師が異常なしと判定した。

平成22年3月18日の内視鏡画像も、2人の医師は軽度の慢性萎縮性胃炎を認めるのみと判定した。

鑑定書では、平成22年3月18日施行の内視鏡画像に癌があると断言しているが、どこに癌が発生したのかの前情報を知った上での逆行性の診断ではないかと推定せざるを得ない。

参考判例

最一判平成11年2月25日(肝細胞癌の見落し)

「医師の右不作為が患者の当該時点における死亡を将来したこと、換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡した時点においてもなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定にあたって考慮されるべき事由であり、前記因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない。」

最三判平成18年11月14日

「原審は、…中略…G意見書(患者側提出)の意見が相当の合理性を有することを否定できないものであり、むしろE意見書(医療機関側提出)の意見の方に疑問があると思われるにもかかわらず、G意見書とE意見書の各内容を十分に比較検討するという手続を執ることなく、E意見書(医療機関側提出)を主たる根拠として直ちに、X(患者)のショック状態による重篤化を防止する義務があったとはいえないとしたものではないかと考えられる。このことは…中略…原審の判示中にG意見書(患者側)について触れた部分が全く見当たらないことからもうかがえる。このような原審の判断は、採証法則に違反するものといわざるを得ない」

参考資料

  • 当院における胃内視鏡検診偽陰性例の検討(日本消化器がん検診学会雑誌、2014.vol52)
  • 日本胃癌学会編「胃癌取扱い規約・第14版」金原出版株式会社
  • 中原慶太著「これなら見逃さない!胃X線読影法・虎の巻」羊土社
  • 曽和融生、井藤久雄編「改訂版・スキルス胃癌、基礎と臨床」医薬ジャーナル社
  • 中野浩著「Ⅱcがわかる80例・早期胃癌診断のエッセンス」医学書院

医療過誤・医療ミスのご相談