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肺血栓塞栓症に関する医療過誤の過失と敗訴判例

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肺血栓塞栓症に関する医療過誤の過失と敗訴判例

肺血栓塞栓症に関する医療過誤訴訟は多く、主張される過失の主なものは以下2つ。
①医師が、肺血栓塞栓症の予防措置を怠った過失
②医師が、肺血栓塞栓症に対する処置を誤った過失
原告敗訴事案9つを紹介する。

肺血栓塞栓症に関する医療過誤の敗訴判例① 高松地裁平成22年3月29日

平成12年3月24日、患者が右変形性股関節症の治療のため、被告病院で右骨盤骨切り術を受け、入院していたところ、同年4月4日、呼吸停止となり、同月6日、肺血栓塞栓症で死亡した事案。

「股関節の手術後」、「長期臥床」という危険因子ありとして、①の過失を主張。

予防法として、早期及び積極的な運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、ヘパリン、ワルファリンなどを行うべきであったと主張。

必要な検査を行う義務違反、適切な治療義務違反として②の過失を主張。

ガイドラインが証拠として提出されている。平成16年のガイドライン策定の前後、平成20年のガイドラインの改訂の前後で、医療水準は変化すると思われる。

「日本血栓止血学会,肺血栓塞栓症研究会が中心となった肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会は,平成16年2月,同ガイドラインのダイジェスト版(甲8)を作成し,同年4月,同ガイドライン(乙18)を定めた。しかし,現存する日本人に関するデータは未だランダム化された試験がほとんどなく,データの信頼性も自ずと低いものとなるため,同ガイドラインは,十分なエビデンスに基づいたものではなく,静脈血栓塞栓症の予防を考慮する際の一つの指針に過ぎないことを十分念頭に置く必要がある。そして,ある程度一定のガイドラインを多くの施設で使用し,そのデータを集積することでエビデンスとし,見直しながらわが国独自のガイドラインを作成していくことがもっとも有効なガイドラインの作成法であると考えられた(乙25)。その後,平成20年10月,同ガイドラインは改訂された(甲27の1ないし10)。
以下の認定は,別に証拠を掲記しない限り,改訂後のガイドラインによる。」

「股関節の手術を受けて一定期間横臥しているAについて,下肢深部静脈血栓ひいては肺梗塞に至る一般的・抽象的な予見義務があり,かつ,下肢深部静脈血栓により肺梗塞が起きる一般的・抽象的な可能性を認識していたのは前提事実(3)のとおりであるが,本件事故当時,深部静脈血栓症発症の予防のために,運動量の確保,水分の補給,弾性ストッキングの着用,間欠的下肢空気加圧法の実施,静脈フィルターの留置,ヘパリン等の投与という予防義務を履行することが医療水準として法的義務となっていたとは認められず,被告には予防義務違反はなかった」

本件医療事故が平成12年に起きているのに対し、ガイドラインは平成16年に策定されている。本件事故当時については、ガイドサインの記載内容は医療水準とは認められないとして、患者側に厳しい判断をしている。逆に言えば、平成16年以降の医療事故であれば、違った判断がなされた可能性はある。なお、判決によると、別団体によって平成14年策定に策定された別のガイドラインもあるようだが、平成16年のガイドラインと比べると、危険因子に該当するためのハードルが高いようである。)

「肺血栓塞栓症の最も多い自覚症状として挙げられる呼吸困難や胸痛,失神を訴えることはなく,被告は,この時点で肺血栓症を起こしていた可能性が高いとして直ちに対処して適切に治療すべき義務があったとは認められない。」

②の過失も否定。逆に言えば、「呼吸困難や胸痛、失神」を訴えていたにも関わらず、肺血栓塞栓症を見落とした場合は、過失を認定する方向に働く。「胸痛」を訴えていたかどうかを問題にしている裁判例は他にもあり、「胸痛の有無」は肺血栓塞栓症の診断の見落としについては重要なチェックポイントの1つと言える。

肺血栓塞栓症に関する医療過誤の敗訴判例② 東京地裁平成21年12月24日

平成16年8月25日、患者が転倒により筋断裂を負い、被告病院に搬送され、入院した。同年9月10日、被告病院を退院したところ、同月15日、肺血栓塞栓症を発症し、別病院で治療を受けたが、同月16日死亡した事案。

①の過失が主として問題となっている。

原告は、「手術を要する下肢外傷」、「下肢固定」、「長期臥床(入院17日)」、「肥満(BMI32.3)」、「糖尿病」、「53歳」という危険因子を主張。

入院中の9月2日、歩行訓練などのリハビリプログラムが行われている。
患者の筋組織損傷は、危険因子としての「外傷」には該当しないとされた。
膝装具による固定は、「下肢ギプス包帯固定と同等であると評価することはできない」、として下肢固定も低く評価した。
1週間以上の入院を一応の長期臥床の基準としたが、入院中にリハビリ等を行っており、危険因子としての「長期臥床」には該当しないとされた。
Bの身長は175センチ、体重は80キロ、BMIは26.1と認定、高度肥満にはあたらないとして、「肥満」には該当しないとされた(身長172センチ、体重95キロであるとの原告の主張は採用されず)。
「糖尿病」は、患者の程度では危険因子には該当しないとされた。
「53歳」については、重大な危険因子ではないとされた。
「本件では,Bの外傷は2004年ガイドラインにおいて危険因子として位置づけられている重度外傷には該当しない上,Bが着用していた膝装具を下肢ギプス包帯固定と同視することはできず,Bが長期臥床と同様の状態にあったとは認められず,Bの糖尿病の疑い・肥満については深部静脈血栓塞栓症のリスク因子になるとは評価できない。

(4)したがって,被告病院の医師らに,深部静脈血栓症発症のリスク評価を行って抗凝固剤ヘパリンの投与,弾性ストッキングの着用,間欠的下肢圧迫法などの予防措置を行うべき義務があったとは認められない。」

本件では、患者の有する危険因子がない(弱い)と認定された上で、注意義務違反が否定されている。

医療事故自体は、平成16年8月に起きており、現在の「ガイドライン」の原型である「旧ガイドラインが平成16年6月に策定されている。周知浸透期間を考えると、医療水準が低く設定された余地はある。(なお、仙台地裁平成20年8月19日によると、平成16年ガイドラインが公表されたのは、平成16年10月とのこと)

肺血栓塞栓症の医療過誤訴訟において、危険因子なしとされてしまっては、勝負にならないと言える。危険因子の証拠固めは重要である。

肺血栓塞栓症に関する医療過誤の敗訴判例➂ 東京地裁平成21年4月16日

平成17年2月27日、患者が呼吸困難のため被告病院に入院し、同年3月4日、肺動脈血栓摘出術を受け、そのまま入院を継続していたところ、同月12日午後5時頃、意識を喪失し、同月13日午前6時5分、死亡した事案。

原告は、血栓の有無を確認すべき注意義務の違反を主張

「Aに肺塞栓症が認められた以上,一般的には,深部静脈血栓症の有無を確認するため,エコー検査を行う必要があり,中枢側に血栓が疑われる場合には,胸部から下肢までの造影CTを行うことが必要であると認められる。」

心エコ―検査は、肺血栓塞栓症の診断にあたって重要視されており、この裁判例もその点は認めている。

「被告病院の担当医師は,エコーで観察可能な部分の静脈については,検査で血栓がないことを確認していること,エコーで観察できなかった下大静脈下部から左右総腸骨静脈付近については,腎機能の悪化が窺われる中で,敢えて再度の造影CT検査をすべきであるとも言い難いこと,Aに対しては,深部静脈血栓症が発見された場合の治療法である血栓溶解療法,抗凝固療法が既に開始されていたことに鑑みれば,被告病院の担当医師に,本件手術前に,更に検査を行うべき具体的注意義務があったと認めることはできない。」

本件では、必要な検査は行われていたとして過失を否定。

「静脈血栓塞栓症の既往は再度の静脈血栓塞栓症を発症する非常に強い危険因子である」と位置づけ、「Aは肺血栓塞栓症の再発のリスク要因をかかえていた」、とした。

「前記認定のとおり,被告病院においては,Aに対して,①2月28日から,ヘパリン,ウロキナーゼの点滴静注が開始されたこと,②3月5日から,ヘパリン1日6000単位の投与が開始され,更にノボ・ヘパリンの点滴静注が再開されたこと,③同日午後には,弾性ストッキングの使用が開始されたこと,④3月7日午後には,フットポンプ(メドマー)を装着されたこと,⑤3月9日には,バファリン,ワーファリンの経管投与が開始されたことが認められる。」

と認定した上で、「被告病院の措置は,肺塞栓症の治療ないし予防療法として,臨床の現場における医療水準に適ったものと認められる」、と述べた。
下大動脈フィルターを用いる予防法については、

「循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2002-2003年度合同研究班報告)によっても,一時留置型下大静脈フィルターの適応に関して,十分なエビデンスはないとされており,Aが,当時,ガイドライン上ClassⅡb(「データ・見解により有用性・有効性がそれほど確率されていない」)の適応事例である,①抗凝固療法中の急性肺血栓塞栓症例,②深部静脈血栓症のカテーテル治療時,③一時的に抗凝固療法が禁忌状態となる肺血栓塞栓症や深部静脈血栓症例にも該当していないこと(乙B1・1104),フィルターの留置自体により,新たな血栓形成,感染症などの合併症の危険があること(乙B1・1105頁,証人D・7頁)に鑑みると,被告病院において,一時留置型下大静脈フィルターを使用すべき義務があったとは認められない」

としている。下大静脈フィルターの予防法を行わないことに関しては、一般的には過失は認められにくいと考えるべきであろう。

本件では、被告病院の予防措置、検査体制は比較的適切なものであった。裁判所は一般的に、危険因子の有無を過失の判断にあたって重視しているように思われるが、反対に万全の予防措置を尽くしたとしても、肺血栓塞栓症が発症しうることを前提に判断していると思われる。

肺血栓塞栓症に関する医療過誤の敗訴判例④ 大阪地裁平成20年11月25日

平成17年9月21日午後7時頃、患者が呼吸困難を訴え、同日午後8時10分頃、被告病院に搬送されたところ、同月22日午後4時11分頃、急性肺血栓塞栓症で死亡した事案。
患者が搬送時の時点で急性肺血栓塞栓症を発症していたことを前提に判断している(=①の過失は問題とならない事案)

「原告は,担当医師は,搬送時から21日午後10時ころまでの間に得られた所見等から,Aについて急性肺血栓塞栓症を疑い,直ちに鑑別診断のための心エコー検査及び造影CT検査を行うべき注意義務があったにもかかわらず,これを怠ったと主張する。」

主として、検査義務違反が問題となっている。

本件では、医師が肺血栓塞栓症の可能性を初めて考えたのが、平成22年9月22日午前10時44分であるとされ、心エコー検査の実施をオーダーしたのは同日午前11時54分とされている。同日午後0時40分頃心エコー検査の結果、肺血栓塞栓症が強く疑われたが、同日午後1時15分ころ、患者の容体は急変し、心停止となった。

以下は判例の抜粋だが、本件では適切な検査がなされていたことを前提に、肺血栓塞栓症を疑わなかったこと(疑うのが遅れたこと)がやむを得なかったと判断している。

「鑑定の結果によれば, AのpO2(69.4mmHg)は下限値とされている値(75mmHg)より低い値であったものの,低さの程度は大きくなく,わずかな低酸素血症があって努力呼吸をすることによりカバーしている状態であり,呼吸不全(一般にpO260mmHg以下であると定義されている。甲B9,13)と評価されるほどの重篤な低酸素血症ではないといえること(鑑定人L,同M), 本件レントゲン写真からは,心臓の陰影が若干大きく,左第2弓肺動脈の起始部が少し太いことが認められるが,著明に大きい又は太いというものではなく,肺野については透過性亢進を含め異状と認める所見はないこと(鑑定人N,同L,同M), 本件心電図検査の結果からは,右側胸部誘導における陰性T波が認められるものの,同所見は,Aが貧血,糖尿病等で受診していた間の平成16年9月21日に行われた心電図検査の所見とほぼ同じであって,新たな変化を指摘することができないものであること(鑑定人N,同M), 搬送時から21日午後10時ころまでの間に得られたAの所見等は,いずれも肺血栓塞栓症に特異的な所見ではなく,摂食不良による脱水,消化管出血(貧血),心筋梗塞,誤嚥性肺炎等の疾患においても見られるものであること(前記2の医学的知見,鑑定人N,同M), これらの点からすると,救急外来の臨床現場において,上記の間に得られた上記所見等からAにつき急性肺血栓塞栓症を積極的に疑うことは困難であった」

肺血栓塞栓症の診断には、心エコー検査が重要であることは指摘している。
「(オ)心エコー
簡便で実用的な方法であり,肺血栓塞栓症の検査手順として有用であるとされている。右室拡大,心室中隔の奇異性運動,三尖弁逆流,下大静脈の拡大等の右室負荷の所見が認められる。」
本件では、患者は搬送されてから17時間程度で重症化している。
「21日午前9時14分」の時点、「22日午前9時14分」の時点、双方について心エコー検査を行うべき注意義務違反を否定している。
搬送から死亡までの時間が長いほど、検査義務違反が認められる方向に傾くものと思われる。
どの時点で注意義務違反が認められるかは、死亡との因果関係の判断にあたり極めて重要な意味を持つ。
本件では、注意義務違反なしとして、請求棄却。

肺血栓塞栓症に関する医療過誤の敗訴判例➄ 仙台地裁平成20年8月19日

平成16年6月8日、患者が右下肢を痛めたことから、被告病院の診察を受けた。その後も被告病院への通院を続けたところ、同月25日、被告病院で診察中に心肺停止に陥った。同日午後6時51分、別病院に搬送されたが、同月26日午前11時20分、肺血栓塞栓症で死亡した。

ガイドラインが公表されたのは平成16年10月であることを前提に判断(=ガイドラインは必ずしも医療水準になっていない)
下記の通り、患者は危険因子を有していたものの、肺血栓塞栓症ではなく、過呼吸症候群を疑ったことも、諸般の事情からやむを得ないとした。

「前記認定事実によれば,Dには,冷や汗,脈微弱,頻呼吸,次第に過呼吸,血圧が70~80程度であるという肺塞栓症の臨床症状が認められ,肥満体型という肺塞栓症の危険因子があったことも認められる。
(b)もっとも,肥満体型は,肺塞栓症の特異的な要因ということはできない上,上記Dに見られた臨床症状も肺塞栓症に特異的なものということはできない。そして,当時,ギプス包帯固定が肺塞栓症の危険要因であることは被告医院に要求される医療水準ではなかったのであるし,もう一つの危険因子であるピル服用についても,被告はDがピルを服用していたことを認識していなかったのである。以上によれば,被告がDの肺塞栓症に関して認識していた事実は,上記の非特異的な臨床症状や危険因子に過ぎなかったものである。そうであれば,被告が午後6時ころ,Dの頻呼吸,過換気の症状,及び,ギプス巻替えというストレス要因から,Dは過呼吸症候群になったと考えたことについては,過換気症候群がストレスを原因とするものであること,Dには頻呼吸,過剰換気という過換気症候群の臨床症状が見られていたこと,女性は男性に比べて過換気症候群の発症率が高いことからすれば,過換気症候群を疑ったこともやむを得ないというべきである。 」

他の裁判例も述べるところであるが、下の通り、胸痛の有無は、肺血栓塞栓症の可能性を検討する上で大きな意味を持つ。

「Dには胸痛のすぐ後に激しい腹痛が生じているところ,腹痛が生じてからは,Dの主症状は腹痛であり,胸痛等の他の症状を訴えていたことをうかがわせる事情は見あたらない。このようにDの主症状は腹痛であり,Dには2回の開腹手術の経験があることが判明した状況においては,腹痛という症状が通常肺塞栓症には見られない症状であること,Dに見られた胸痛は腹痛に比べれば軽い症状であったとうかがわれること,午後6時10分以前に見られたDの肺塞栓症の症状は非特異的なものであること等の事情を考慮すれば,被告がDは腸閉塞等の急性腹炎を起こしたものであると考えて,肺塞栓症であるとの疑いを抱かなかったこともやむを得ない面があったというべきである。」

「本件ガイドライン記載の肺塞栓症の予防策が,6月当時,医療水準となっていたか否かについて検討するに,4月の診療報酬改定で肺塞栓症予防管理料が新設されたことによって,入院中の患者に対しては,肺塞栓症について適切な予防管理をとることが医療水準とされたことは認められるものの,同管理料は入院中の患者以外は対象としていないのであるから,同管理料が新設されたからといって,通院中の患者について肺塞栓症の予防管理をとることが医療水準となったということはできない。
イまた,本件ガイドラインには静脈血栓塞栓症の予防法が記載されているところ,静脈血栓塞栓症の危険性は入院中の患者のみならず,ギプス装着等の危険因子を持つ通院患者にもあり,本件ガイドライン記載の予防法は通院患者に対しても効果のあるものであるから,本件ガイドラインの制定によって,肺塞栓症の危険因子を持つ通院患者に対しても静脈血栓塞栓症の予防法をとることが医療水準となったという余地はある。しかし,本件ガイドラインは10月に公表されたものであり,それ以前に整形外科の一般開業医が内容を知ることはできなかったのであるから,6月当時においては本件ガイドラインを根拠に医療水準を検討することはできない。」

ガイドラインが医療水準となるか否かは、平成16年10月が一応の分水嶺になると思われる(ただし、周知期間について考慮の必要はある)。
入院患者と通院患者によって医療水準に違いが生じる可能性についても意識する必要がある。

肺血栓塞栓症に関する医療過誤の敗訴判例⑥ 京都地裁平成19年11月13日

平成15年4月13日、精神的に不安定であった患者が、精神科病院である被告病院に医療保護入院したところ、同月25日午前6時48分、心肺停止となり、別病院に搬送されたが、脳死状態となり、同年5月1日、肺血栓塞栓症に起因する出血性脳梗塞により死亡した事案。

「肺血栓塞栓症の自覚症状としては呼吸困難、胸痛が多く、そのいずれかが認められる頻度は80%という報告がある。」

他の裁判例でも認められるところであるが、「呼吸困難、胸痛の有無」は、肺血栓塞栓症の医療過誤においては重大なメルクマールとなる。

本件は平成15年の医療事故についての裁判例であり、ガイドラインは医療水準とはならない。また、精神科領域の医師に要求される医療水準は相対的に低くなる。

「後に出版された「肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症予防ガイドライン」におけるリスク因子分類(乙B6,8頁表2)を見ても,精神科入院患者は最初から「予防対象」に入っていない。」

原告らの本件当時,被告病院の医師を含む精神科医療の領域の医師ないし看護師においても,長期臥床と脱水などが原因となって肺血栓症が発症し得ることの知見ないし予見を持つべき注意義務があった旨の主張は理由がない。」

本件では患者に対する身体拘束が行われているところ、身体拘束(≒長期臥床)によって肺血栓塞栓症のリスクは高まる。そのため、身体拘束の必要性も争点となっているが、裁判所は以下の通り必要性を肯定した。

「寝ている間の午後10時から行うこととしたが,その判断は医師の裁量の範囲内のものであって,法的に問題となるものではない。そこで,Cに対する夜間の点滴の際の身体拘束であるが,Cは,本件入院直前のK病院で入院していた際,点滴及びバルーンカテーテルを自己抜去したことがあり,また,本件入院時の4月24日午前11時ころにも点滴を自己抜去したことがあったところ,以上の事実を踏まえると,Cに対して夜間点滴を行った場合,点滴の自己抜去をする可能性が想定されたこと,点滴の自己抜去は太い血管に貫通した針を無造作に引き抜くものであって,非常に危険な行為であること,D医師は,点滴の自己抜去を防止する意図でCに対する本件入院中の身体拘束を行ったことが推認される。以上の事実にCに対する身体拘束の程度(胴と両上肢は拘束されていたが,その拘束状態は緩やかな抑制状態であって,両下肢は自由であったこと〔乙A3〕)を総合すると,D医師がCに対して行った上記身体拘束は不必要であったと認めることはできず,かえって,必要であったことが推認される。」

本件では、肺血栓塞栓症を発症した点の医療事故については請求が棄却されている。しかしながら、

「原告らは,看護師は,上記前提事実(6)で記載した精神科看護領域の看護業務基準を踏まえ,本件看護実践内容を行うべきところ,Cを担当していた看護師は,同内容を履行しなかったため,Cが無用な身体拘束を受け,また,人格権を侵害され,その結果,精神的苦痛を被った旨主張」

し、裁判所はこの主張を認め、精神的損害100万円、弁護士費用10万円についての請求を一部認容している。その点で、興味深い裁判例である。

肺血栓塞栓症に関する医療過誤の敗訴判例⑦ 東京地裁平成18年7月31日

平成13年8月13日、患者が被告病院で子宮筋腫の診察を受け、平成14年5月28日、被告病院で子宮全摘出手術が予定された。同日午後1時25分、同手術が終了したところ、患者が急性肺血栓塞栓症を発症し、同日午後6時8分頃、突然呼吸が停止し、判決時においても、植物人間状態が続いていた事案。

子宮全摘出手術時において、

「急性肺血栓塞栓症の予防のため、術前の麻酔導入時からフロートロンDVT(以下、「フロートロン」という。)の装着による間歇的空気圧迫法が施行された」

との事情がある。

ガイドライン策定前の医療事故であるが、平成16年ガイドラインについても言及している。

「本ガイドラインは、作成当時で入手可能な限りの日本人のデータを収集して、それに基づいて策定したものであるが、現存する日本人に関するデータはいまだランダム化された試験がほとんどなく、データの信頼性も自ずと低いものとなるため、欧米のガイドラインのように十分なエビデンスに基づいたものではなく、静脈血栓塞栓症の予防を考慮する際の1つの指針に過ぎないことを十分念頭に置く必要がある。
〈2〉本ガイドラインは、主に日本人の成人(18歳以上)の入院患者を対象とした静脈血栓塞栓症の一次予防を目的に策定されており、既に静脈血栓塞栓症が認められる場合の二次予防に関しては言及していない。」

ガイドライン公表後の事故であったとしても、ガイドラインの記載そのままが医療水準とはならないことを示唆したものと思われる。

「本件手術を行う時点において、原告につき以下のような検査結果及び症状等が明らかとなっていた(各項に掲げる証拠)。 ア 心電図所見(乙A4、7ないし9、弁論の全趣旨) 本件心電図4(平成14年5月1日)ではV1ないしV4の陰性T波が出現し、本件心電図1ないし3ではV1ないしV3の陰性T波が出現していた。 イ 心エコー所見(乙A6、13) 平成14年5月23日の心エコー検査では、右室拡大などの右心負荷の所見も認められず、ほぼ正常と判定された。なお、この際、微軽度の肺動脈弁閉鎖不全が認められた。 ウ 心筋シンチ所見(乙A5、13) 同月13日の心筋シンチグラム検査において、前壁中隔領域に虚血の所見が認められた。 エ 症状(乙A13) 原告は、被告病院における同月8日の問診に対し、〈1〉胸痛はない、〈2〉年に2、3回、夜中の2時から3時ころ、胸が息苦しくなって覚醒し、30分くらいで治るが、寝たままだと苦しい、〈3〉階段でハアハアすると答えた。」

心電図検査について、「陰性T波が出現しているからといって、それだけで直ちに急性肺血栓塞栓症の発症を認めることはできない」、としており、心電図検査の所見のみで過失を認めるのは容易でないものと思われる。 「急性肺血栓塞栓症では、大部分の症例で比較的程度の重い呼吸困難が生じ」、とした上で、原告の呼吸困難は重いものではなかったとして、過失を否定している。

肺血栓塞栓症に関する医療過誤の敗訴判例⑧ 東京地裁平成18年3月2日

平成13年6月21日、患者が体外授精一胚移植を受けたところ、同年7月21日、妊娠が確認された。同年7月26日以降、患者は継続的に被告病院に通院していたところ、平成14年2月13日、被告病院を受診した際、経膣分娩では胎児に致命的な危険が生じると判断されたため、同日、帝王切開を前提に被告病院に入院した。同月15日、帝王切開術が行われ、同日午後1時35分、終了した。同月16日、患者がトイレに行った際、容体が急変し、同日午後5時19分、呼吸停止及び心拍停止に陥った。同日午後6時、心エコー検査の結果、急性広範性肺塞栓症と診断され、治療が続けられたが、意識を回復することのないまま、同年4月9日午後11時23分、死亡した事案。

原告は、帝王切開術後、肺血栓塞栓症予防のために、弾性ストッキングを着用させるか、又は間欠的空気圧迫法を実施すべき注意義務があったと主張した。
ガイドライン策定前の医療事故であり、ガイドラインを医療水準とすることは以下の通り否定した。

「平成16年に発表された「肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン」(乙B1)に指摘されたように、平成16年当時においても、「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の予防に関してのわが国におけるエビデンスは極めて乏しく」、「現存する日本人に関するデータは未だランダム化された試験がほとんどなく、データの信頼性も自ずと低い」状況にあったものであり、ようやく、平成16年に、上記「ガイドラインを基本にして、各施設が各々の実情に応じた独自のマニュアルを作成して実践することが理想とされる」状況に至ったものと認めるのが相当である。」

下の通り、被告病院の専門性を理由に、医療水準を高く設定することを示唆しており、この点は参考になる。

「被告病院は、都立病院の中でも、特に周産期の異常を専門的に取り扱うことに主眼を置いて、ハイリスク分娩や未熟児医療などの周産期医療の充実を図っている病院であることは前記認定のとおりであるから、その意味で、周産期医療の分野においては、高い水準の臨床医学が期待されていたことは否定できない。しかしながら、肺血栓塞栓症の予防を巡る前記認定の臨床医学の状況に照らせば、上記の点を考慮しても、なお、本件帝王切開術施術当時、弾性ストッキングの着用と間欠的空気圧迫法を採用することが、被告病院と類似の特性を備えた医療機関において、普及していたと認めることはできない。」

本件では、注意義務違反を否定した。しかしながら、念のため下の通り、因果関係についての判断も行っている。

「仮に、被告Y2が、Aに対して、本件帝王切開術後、弾性ストッキングを着用させるか、又は間欠的空気圧迫法を実施していたとしても、それによりAの肺血栓塞栓症の発症を防げたとまでは認められないので、争点(2)についての原告らの主張も、認めることができない。」

そして、因果関係も否定されている。
弾性ストッキングを着用しなかった点については、医療機関側の注意義務違反を認めた裁判例もあるが(大阪地裁平成21年9月29日)、当該事案においても、死亡との因果関係は否定されており、僅かに死亡を回避し得た相当程度の可能性の侵害を認めているに過ぎない。
弾性ストッキングを着用しなかった過失と、死亡との因果関係を認めさせるためのハードルは高いと思われる。

肺血栓塞栓症に関する医療過誤の敗訴判例➈ 東京地裁平成17年5月19日

平成6年10月21日、患者に気管支喘息の発作があったため、被告病院の救急夜間外来で診療を受け、そのまま入院したところ、同年11月1日午後8時27分、肺血栓塞栓症で死亡した事案。

医療事故の発生日がかなり古く、基準となる医療水準も現在と比べるとかなり低いものになると思われる。以下の通り述べ、過失・因果関係双方について否定している。
平成16年のガイドライン策定、平成20年のガイドライン改定によって医療水準は大きく変化するものと思われ、医療事故の起きた日は重要なメルクマールとなる。

「病院の薬物投与、吸入麻酔療法等によって、10月29日から31日にかけて、入院後悪化していった症状が比較的軽減されるに至ったものであり、それまでの治療行為に過失を見いだすことはできず、その後、11月1日に至り、肺血栓塞栓症が突如として発生したものであり、これを担当医が予見して死亡の結果を回避することができたということはできず、担当医のAに対する治療行為に過失があると認めることはできない。」

「担当医において、Aの死因となった肺血栓塞栓症の発生を予見し、回避しえたのかについて検討するに、まず、本件において、心停止が発生した11月1日より以前に、肺血栓塞栓症を疑わせる徴候があったかについて、前記認定事実によれば、10月29日に心肥大軽減傾向があることから、その前に心肥大傾向があったことがうかがえるものの、その内容が肺血栓塞栓症を疑わせるものであったとは認められず、その他、Aに肺血栓塞栓症を疑わせる徴候があったとは認められない。」

「そうすると、Aが心停止に陥った11月1日において初めて肺血栓塞栓症を疑うべき徴候が現れたというべきところ、この時点で担当医らが血栓溶解療法を施していれば、Aの死亡が回避された可能性があったかについては、前記鑑定意見書(乙40)において、血栓溶解療法実施により、肺血栓塞栓症による死亡が回避された可能性はないとはいい切れないが、11月1日の臨床経過が余りにも短時間に急激な転帰をたどっており、改善傾向にあった喘息発作の再燃と血圧、心拍数の急激な低下、皮下気腫の増悪等により、救命は極めて困難であったと考えられるとしているところであり、この見解を覆すに足りる証拠はなく、担当医が当該時点において血栓溶解療法を施さなかったことについて過失があったと認めることはできない。」

医療過誤・医療ミスのご相談
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