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先駆的医療を行う際の説明義務|乳房温存療法事件(最高裁平成13年11月27日)

先駆的医療に関する諸問題 第3回「先駆的医療を行う際の説明義務について➀」

先駆的医療を行う際の説明義務について

先駆的医療に関連する説明義務の類型

先駆的医療に関連する説明義務としては、先駆的医療を行う場合における、(a)先駆的医療を実施するに先立つ説明義務、(b)先駆的医療を実施した後の説明義務、及び先駆的医療を行わない場合における(c) 先駆的医療(未確立両方)が存在することの説明義務が考えられます。

先駆的医療を実施するに先立つ説明義務について

医療行為実施に先立つ説明は、患者の自己決定の前提となることから、説明義務の中でも重要性が高いといえます。

先駆的医療のように、一般的に行われていない、しかも不確実なリスクを内包する可能性の高い医療行為を実施するにあたっては、患者が自己決定をするための十分な情報を与えられることが不可欠であることはいうまでもありません。特に先駆的医療を受ける患者はそれ以外に治療法がないことも少なくないことから、藁にもすがる思いで治療を受けかねない一方、先駆的医療を実施する医師はそれにより自分の業績として評価されたいとの欲求を持っていることが少なくありません。このように治療を受ける側と治療をする側の動機が必ずしもかみ合っていない可能性もあるため、先駆的医療を実施するにあたっては、医師は、より緻密な説明を行うことが求められるというべきでしょう。

具体的には、医師は、前回記事で検討した先駆的医療実施の要件(他の治療に対する優越性、先駆的医療をすることの合理性、実施機関の相当性、実施機関の相当性)のそれぞれについて、客観的な根拠(検査結果等のバイタルデータ、研究論文)等をもとに、患者が納得できるような説明を行うべきといえます。

この説明が不十分であり、仮に患者が十分な説明を受けていればその先駆的医療を受けることがなかったといえる場合に医療事故が発生したときには、説明義務違反と結果との間の因果関係も肯定されることが少なくないと考えられます。また、因果関係が否定された場合でも、自己決定権の侵害があったとして慰謝料の支払いが認められることがあります。

この点、大阪地裁平成20年2月13日判決(判タ1270号344頁)は、痙性斜頸(首が左右上下のいずれかに傾く、捻じれる、震えるといった不随意運動を引き起こす局所性ジストニアの一種)に対してアドリアシン(抗がん剤として主に用いられていた薬剤)を投与したという事案で、

『医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明する義務があると解される』『先端的な治療法である本件アドリアシン注入術を受けるか否かは、Aが、本件アドリアシン注入術の具体的内容や先端的な治療法であることなどを十分理解した上で、自らの意思で選択されるべきものであった』

とし、医師の説明義務違反を認めました。もっとも、『本件説明義務が尽くされていれば、Aが本件アドリアシン注入術の実施に同意しなかったことを是認し得る高度の蓋然性が証明されたとはいえ』ないとして、説明義務違反と死亡の結果との因果関係を否定しています。一方、被告が『本件説明義務を怠ったことにより、Aが先端的な治療法である本件アドリアシン注入術を受けるか否かについて意思決定する権利を奪ったものといえ、この点において、Aの人格権の一内容としての自己決定権を侵害した』とし、人格権侵害による慰謝料請求を認容しました(認容額180万円)。

先駆的医療は、その効果が未確定なことから、不幸な結果が発生しやすく、紛争になりやすいタイプの医療行為だといえます。
先駆的医療に先立ち、それを受ける患者としては、その内容がきちんと理解できるよう説明を受け、証拠を残しておくこと、一方、実施する医療機関としても、その特性をよく理解し、一般的な医療よりもきちんとした説明を行い、患者に理解・納得してもらい、証拠を残しておくことが不可欠といえます。

先駆的医療を実施した後の説明義務

先駆的医療を実施した後の説明義務とは、顛末報告義務を意味します。顛末報告義務は、準委任契約(民法656条)とされる医療行為の経過及び結果の事後の報告義務のことをいい、民法645条を根拠としています。この義務は、先駆的医療に限らず、医療行為一般に認められる説明義務です。顛末報告義務については、患者が死亡した場合に家族に対する報告義務として認められるか否かといった点、自己決定権との関係といった点が論点とされますが、本記事では割愛します。

顛末報告義務としていかなる内容の説明を行うかについては、悪しき結果が発生していない場合や、療養指導等の必要性がない場合は、簡単な医療行為の結果を説明するだけで足りると解されます。

一方、療養指導の必要性がある場合は、患者の症状の増悪を防止する観点から、当該療養指導の根拠、当該療養指導を怠った場合に患者に生じ得るリスク等について、一般的な患者が療養指導の必要性を理解できる程度に説明する義務があると解されます。療養指導の代表的な裁判例としては、最判H7.5.30(判タ897号64頁)があげられます。同判決は、医師が未熟児である新生児を黄だんの認められる状態で退院させ右新生児が退院後核黄だんにり患して脳性麻ひの後遺症が生じた場合につき医師の退院時における説明及び指導に過失がないとした原審の判断に違法があるとして、事件を原審に差し戻したもので、『何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたのみで退院させている』医師の『措置は、不適切なものであったというほかはない』としています。同判決は、事例判断ではありますが、医師の療養指導についての説明の水準に関し参考になります。

また、不幸にも悪しき結果が発生した場合についても、何故その結果が発生してしまったのか、経過及び結果の説明義務があると解されます。
その説明義務に違反した場合、患者は、義務違反により精神的苦痛を被ったとして、慰謝料の請求をすることができる場合があります。

なお、あくまで私見ですが、悪しき結果が発生した場合において、医療機関が殊更事実と異なる経過及び結果の説明を行い、患者の慰謝料請求が認められる場合、その慰謝料は、医療機関側が付保している保険でカバーされるべきではない、と考えています。このような医療機関の虚偽説明は、損害拡大防止義務に反していることから保険でカバーされるのは公平ではありませんし、保険でカバーされないことにより、事実上、医療機関に事実に合致した説明をすることを強制する、という効果もあるからです。

先駆的医療(未確立療法)が存在することの説明義務

これまでは、医療機関が、先駆的医療を実施することができることを前提とした説明義務等について論じてきました。もっとも、あらゆる医療機関が先駆的医療を実施できるわけではありません。

厚生労働省「平成25年(2013)医療施設(動態)調査・病院報告の概況」によれば、全国の医療施設は17万7769施設で、そのうち設備の整った「一般病院」(病床数が20床以上で、クリニックより診療科、設備、実施できる検査などが幅広く、比較的重症な患者に対して標準的な治療を提供する医療機関)は7474施設(全医療施設の約4%)です。この「一般病院」のうち、実際に先駆的医療を実施できるものとなれば、さらに数が少なくなります。そうすると、全医療施設の95%以上では、先駆的医療実施に関する法的リスクより、先駆的医療(未確立療法)が存在することの説明義務等に関する法的リスクがより重要な問題といえるでしょう。

先駆的医療(未確立療法)が存在することの説明義務が問題となった有名な判例として、乳房温存療法事件(最高裁平成13年11月27日第三小法廷判決 民集55巻6号1154頁 判タ1079号198頁)があります。

乳房温存療法事件(最高裁平成13年11月27日第三小法廷判決)

この事案は、乳がんであると診断され、乳房切除手術を受けた原告が、自己の乳がんが、当時充分に確立されているとはいえなかった乳房温存療法に適しており、かつ、原告も乳房を温存する手術を希望していたのに、被告医師が、乳房温存療法について充分に説明しないまま、乳房を切除する手術を行ったとして、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償請求を行ったという事案です。

第1審判決(大阪地判平8・5・29)では、乳房温存療法について説明義務違反を肯定しました。控訴審(大阪高判平9・9・19)では、乳房温存療法についての説明義務は肯定しつつも、説明に不十分な点はなかったとして、原告の請求(及び付帯控訴)を棄却しました。
最高裁は、

一般的にいうならば、実施予定の療法(術式)は医療水準として確立したものであるが、他の療法(術式)が医療水準として未確立のものである場合には、医師は後者について常に説明義務を負うと解することはできない。とはいえ、このような未確立の療法(術式)ではあっても、医師が説明義務を負うと解される場合があることも否定できない。少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関で実施されており、これを実施咲いた医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。

として、未確立療法に関する説明義務の一般論に触れ、

被告が原告に対してした乳房温存療法の説明は、同療法の消極的な説明に終始しており、説明義務が生じた場合の説明として十分なものとはいえない。

として、原判決を破棄し、事件を大阪高裁に差し戻しました。その後、差戻審において、被告に対し、120万円の損害賠償(慰謝料として100万円、弁護士費用として20万円)の支払いを命じる判決がなされました。
最高裁判決で特に注意すべきは、乳房温存療法の説明義務の程度が比較的高度に設定されていることです。この根拠として、最高裁は、

手術により乳房を失わせることは、患者に対し、身体的障害を来すのみならず、外観上の変ぼうによる精神面・心理面への著しい影響ももたらすのであって、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものであるから、胸筋温存乳房切除術を行う場合には、選択可能な他の療法(術式)として乳房温存療法について説明すべき要請は、このような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比し、一層強まるものといわなければならない。

と述べており、実施療法と選択肢となり得る療法によって得られる精神面・心理面への影響の違いが、説明義務の程度に影響するといってよいでしょう。

また、本件では、原告が、乳房温存療法を選択するか否かについての詳細な心情を綴った手紙を被告医師に交付したと認定されていること、被告医師が、「乳癌研究会の正会員」であったこと、「診療科目に乳腺特殊外来を併記して乳がんの手術を手掛けていた」ことから、未確立療法に関する知見を十分に得ることができたであろうことが判断の背景になっているものと思われます。

なお、上記最高裁判決の結論を前提とすれば、未確立療法について知見を有する医師が有しない医師よりも高度の説明義務を負わされることとなります。この点、一般的な医師の説明義務の前提となる、医師が有するべき知見の水準(≒研さん義務の基準)は、医療水準が基準となります(最二小判平成7・6・9)。そうすると、一般的な医師が、直ちに、医療水準より高度な内容の未確立療法についての説明義務を負わされることにはなりません。医師が当該未確立療法に関する知見を特に有していた場合に、その医師は、未確立療法についての説明義務を負担することとなり、説明義務の範囲は、その医師の知見に限定されます。したがって、医師に重すぎる説明義務を負わせる結果にはならないといってよいでしょう。

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