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医療過誤において因果関係の立証責任が問題となった裁判例

医療過誤において因果関係の立証責任が問題となった裁判例

医療過誤における因果関係とは何か

医療過誤を原因として医療機関等に損害賠償請求を行う場合、①過失(注意義務違反)、②損害の発生、③過失と損害との間の因果関係(以下「因果関係」といいます。)の3つの要件を満たすことが必要となります(医療過誤責任を問う場合の法律構成としては「不法行為構成」と「債務不履行構成」がありますが詳しい説明は割愛します)。

過失と損害との間に因果関係が存在する場合とは「当該医療過誤がなければ患者の損害(死亡結果や後遺障害等)が発生しなかった」といえる場合です。

医療過誤事件における因果関係論をめぐっては様々な問題がありますが、一番大きな問題としては、因果関係の存在が認められるにはどの程度の証明がされなければいけないかという問題です。

因果関係の主張・立証責任

因果関係の主張責任

医療過誤(過失)と患者の損害(死亡結果や後遺障害等)の発生との間に因果関係が存在することを主張しなければならない責任は被害を受けた患者側が負うことになりますが、医学文献や協力医の助言などがなければ因果関係を特定することには困難がつきまといます。

例えば、医師が手術中に切ってはいけない血管を切ってしまったことが原因で直後に出血多量により患者が死亡したような典型的な事案では「医師がその血管を切ったから大量出血し患者が死亡した」と因果関係の存在について主張(仮説)を立てることは容易です。

しかし、医療過誤事件の中には、医師の複数の診療行為の過誤と看護師の観察義務違反が競合して患者を死亡させてしまう場合など、そもそも誰のどの行為原因で患者に損害が発生したのかという仮説を立てること自体が非常に難しいことが多くあります。

このような場合には、各人の各過誤が独立にまたは一連の過失行為を構成して損害が発生させたなどと概括的な主張をせざるを得ないことがありますが、争点を明確にすることは円滑な紛争解決のためには重要な要素となりますので、医学文献を調べる、協力医に助言を求めるなどの方法によりできる限り明確に特定すべきといえます。

因果関係の立証責任

患者側は、因果関係の存在を主張したうえでその因果関係が存在することを客観的に証明しなければなりませんが、どの程度の証明が求められるのかという大きな問題があります(冒頭で述べたとおりです)。

この点については、「東大ルンバール事件判決」において重要な判断がされました。

この判例においては原告(患者側)に求められる証明の程度として「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性」を証明することが必要であるとの判示がされました。
この判例は昭和50年の判例ですが現在においても因果関係の存否を判断する際の基本的な基準とされています。

東大ルンバール事件判決(最判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁 判時792号3頁等)

医療行為(作為型)と結果との間の因果関係について立証を行う際にどの程度の証明が求められるのか、また、どのような要素が考慮されるのかについて最高裁判例(東大ルンバール事件判決)を参考にして考えてみたいと思います。

事案の概要

昭和30年9月6日、X(3歳の幼児)は重篤な化膿性髄膜炎を患い国が運営するY病院に入院した。

医師による治療を受けた結果、Xは次第に重篤な状況を脱し症状は一貫して軽快傾向にむかいましたが、同月17日の0時30分から1時頃までの間に医師がXに対しルンバール(腰椎穿刺による髄液採取とペニシリンの髄腔内注入)を実施しました。

ルンバールは施術後に患者が嘔吐することがあるので食事の前後を避けて行うのが通例でしたが、当日担当の医師が医学会の出席に間に合わせるためあえてその時刻になされたもので、嫌がって泣き叫ぶXに看護婦が馬乗りとなるなどしてその体を固定したうえで担当医師によって実施され、一度で穿刺に成功せず、何度もやりなおし終了まで約30分間を要しました。

ルンバールの実施後15分ないし20分後、Xは突然、嘔吐やけいれんの発作等を起こし、右半身けいれん性不全麻痺や性格障害、知能障害及び運動障害等が生じ、同年11月2日にY病院を退院後もXには後遺障害として知能障害、運動障害等が残存することとなりました。

Xは、前記障害はルンバールのショックによる脳出血であり医師らにはルンバールの施術や発作後の看護や治療に関し過失があるとして国に対し損害賠償請求を求めました。

第1審は、ルンバールと障害との間の因果関係を認めたものの、医師らの過失が否定され、Xの請求を棄却しました。

第2審では、本件発作やその後の病変の原因が脳出血なのか化膿性髄膜炎もしくは化膿性髄膜炎に伴う脳実質病変の再燃であるのかは判定しがたく、本件発作やその後の病変の原因がルンバールの実施にあることを断定し難いとしてXの請求を棄却しました(すなわち、ルンバールと本件発作やその後の病変が発生したこととの間の因果関係を認めませんでした)。

このため、X側は最高裁判所へ上告しました。

最高裁判所の判断

必要とされる立証の程度について

最高裁判所は、因果関係の立証の程度に関し

「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」

と判断しました。

本件についての判断

最高裁判所は、立証について(1)の説示を前提とし、
①Xの本件発作の原因として脳出血が一番可能性があるとされること、
②病巣ないし異常部位は脳実質の左部にあると判断されること、
③第2審が認定した事実、特にXの化膿性髄膜炎の病状が一貫して軽快傾向にあった段階においてルンバール実施後15分ないし20分を経て突然けいれん発作が生じたものであり、他方、化膿性髄膜炎の再燃する蓋然性は通常低く当時Xに可能性髄膜炎の再燃するような特別の事情も認められなかったことを総合検討すると、他に特段の事情が認められないかぎり経験則上本件発作とその後の病変の原因は脳出血であり、これが本件ルンバールによって発生したものというべきとして、Xの本件発作及びその後の病変と本件ルンバールとの間に因果関係を肯定するのが相当であると判断しました。

本判決は、因果関係の証明については「高度の蓋然性」の証明(通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであれば足りる)が必要であることを明らかにしたうえ、因果関係が存在するかどうかの具体的な判断過程において①当該医療行為から当該結果が生じる可能性があるか否か、②当該医療行為の実施時期と当該結果発生の時間的間隔の程度、③他の疾病により結果が発生した可能性の有無、などの要素を主要な判断要素として医療行為と結果との間の因果関係を肯定した判決といえます。

医療行為(不作為)と結果との間の因果関係

不作為、つまり医師が適切な処置を怠ったために患者に損害が生じてしまった場合における因果関係の判断について考えてみたいと思います。

医師の不作為と結果との因果関係の有無を立証しようとする場合には、「仮に適切な医療が行われていた場合にはどのような状態だったのか」という一種の仮定を前提として考えなければならない点や、医師が何もしなかったために資料が残っておらず十分な調査ができない点、適切な処置がされていたとしても結果が発生していたとして因果関係が否定されることがあり得るという患者側に不利な要因があります。

不作為型の医療過誤と患者の死亡結果との間に因果関係を認めた「肝がん見落とし事件」を紹介したいと思います。

肝がん見落とし事件判決(最判平成11年2月25日民集53巻2号235頁 判時1668号60頁等)

事案の概要

患者X(当時53歳の男性)は、昭和58年10月にY病院でアルコール性肝硬変に罹患しているとの診断を受け、同年11月4日にY病院から肝臓病の専門医であるZ医師を紹介され受診しましたが、当時Xに肝細胞癌の存在は認められませんでした。

しかし、肝硬変に罹患している患者に肝がんが発生しやすいことは医学的に広く知られていただけでなくXが男性であることや年齢が50歳代であることからXは高危険群の患者に属していました。

Xは昭和61年7月19日までの間に合計771回にわたりZ医師の診察を受けましたが、Z医師は問診をし、肝庇護剤を投与するなどの内科的治療を実施するほか一ヶ月二ヶ月に一度の割合で触診等を行うにとどまり、昭和61年7月5日に至るまで肝細胞癌の発生の有無を知るうえで有効とされていた定期兆候検査を実施しませんでした。

同月17日の夜、Xは急性腹症を発症し同月19日以降に他の病院で診察を受けたところ進行した肝細胞癌が発見されましたが、既に処置の施しようのない程度に悪化しており、Xは同月27日に肝細胞癌および肝不全により死亡しました。

このため、Xの相続人である妻子がZ医師に対し慰謝料や逸失利益等合計7000万円(妻に4000万円、子供2名にそれぞれ1500万円)の損害賠償を求めて民事訴訟を提起しました。

しかし、第一審、第二審ともに肝細胞癌が発見できなかったことにつきY医師の注意義務違反を認め肝細胞癌を発見できたと考えられる時点で適切な治療を受けていればある程度の延命効果が得られた可能性を認めながらも、どの程度の延命が期待できたかは確認できないことを理由としてY医師の注意義務違反とXの死亡結果との間の因果関係を否定しました。

ただし、延命が期待できる機会を奪われ延命の可能性を奪われたためにXが精神的苦痛を受けたと認定し、慰謝料300万円と弁護士費用60万円の合計360万円の範囲でY医師の損害賠償責任を認めました。

Xの妻子は最高裁判所へ上告しました。

最高裁判所の判断

必要とされる立証の程度について

最高裁判所は、まず、

「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」

と前回ご紹介した東大ルンバール事件判決を引用しました。
そして、

「右は、医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはな」い、「医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。」

として不作為型の場合も作為型における因果関係判断と異ならないことを明らかにしました。

本件についての判断

最高裁判所は、

「患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であり、前記因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない。」

としたうえ、原審の判断や原審が判断の基礎とした証拠内容を考慮するとその趣旨とするところは

「肝細胞癌が昭和六一年一月に発見されていたならば、以後当時の医療水準に応じた通常の診療行為を受けることにより、同人は同年七月二七日の時点でなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められるというにあると解される。」

と判断し第二審判決を破棄しました。

本判決の意義

本判決は、医療過誤と因果関係を認めるべき「結果」の解釈において「結果」とは「現実の死亡時点で死亡したこと」と限定的に判断し、その後の余命については因果関係の有無の判断の考慮要素としないことを明らかにした点に意味がある判決であるといえます。

本判決以前には、適切な医療行為がされていた場合でもその後の生存期間が明らかでないことや余命が短いと考えられることを理由として因果関係が否定される場合がありましたので、本判決は患者側としては非常に意味のある判決であるといえます。

相当程度の可能性の理論

近年、不作為と結果(損害)との間に高度の蓋然性が認められなくとも不作為と結果との間に「相当程度の可能性」の存在が証明される場合には医療機関側に一定の範囲で責任を認める考え方が登場しています。

「相当程度の可能性」の理論により医療機関側に一定の範囲で責任を認めた最高裁判例を紹介したいと思います。

相当程度の可能性の理論により医療機関側に一定の範囲で責任を認めた裁判例(最判平成12年9月22日民集54巻7号2574頁 判時1728号31頁等)

事案の概要

患者Xは、平成元年7月8日の午前4時30分頃に突然の背部痛に襲われ、Yの経営する病院の救急外来でZ医師の診察を受けました。

Xは狭心症から心筋梗塞に移行しつつありましたが、Z医師はXの触診や聴診を行ったのみで、胸部疾患の既往の聞き取りや心電図検査、血圧、脈拍、体温などの測定を行わなかったばかりか、狭心症を疑いながらニトログリセリンの舌下投与も行わず、胸部疾患の疑いがある患者に対する初期治療として行うべき基本的義務を果たしませんでした。

Z医師は鎮痛剤の注射と急性膵炎の治療薬の点滴を行ったところ点滴開始直後にけいれん発作を起こし容態が急変したため、Z医師らはXに対し体外心マッサージや蘇生術を行いましたが、Xは不安定型狭心症が切迫性急性心筋梗塞となり心不全をきたして午前7時45分頃に死亡しました。

このため、Xの相続人である妻子が①Yに対しXの死亡による損害賠償、これが認められなかった場合に②救急病院として期待される適切な救急医療を怠ったことにより「期待権」を侵害したことを理由としてYに対し損害賠償を求めて民事訴訟を提起しました。

原審は、因果関係を否定しつつも適切な初期治療を受けられなかったことを理由としてYに対し慰謝料200万円及び弁護士費用20万円の限度で損害賠償金の支払いを命じたため、Yが上告しました。

最高裁判所の判断

最高裁判所は、

「疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が、その過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合において、右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。」

Y医師がXに対し適切な治療を行っていた場合にはXを

「救命し得たであろう高度の蓋然性までは認めることはできないが、これを救命できた可能性はあった。」

と判断しYの上告を棄却しました。

本判決の意義

本判決は、不作為と結果との間の高度の蓋然性が証明されず因果関係が否定される場合においても生存につき相当程度の可能性が認められる場合には医療機関側の損害賠償責任が認められることを明らかにし、患者側に求められる立証のハードルを低くした点では患者側にとって意味のある判決であるといえますが、死亡結果との因果関係が認められるわけではないので損害の範囲としては適切な医療を受けることに対する期待を裏切られたことに対する慰謝料程度にとどまる場合が多いと考えられることに注意が必要です。

また、「相当程度の可能性の理論」は死亡や重度の後遺障害が残存した場合にのみ適用されるべきであるとの議論もありますので、患者が死亡しておらず、重度の後遺障害が残存しないような事案で不作為と結果との間の高度の蓋然性が認められない場合にまで「相当程度の可能性の理論」により損害賠償請求が認めるとは限らない点にも注意をすることが必要です。

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