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医療水準とは|医師の過失はどのような基準で判断されるのか

医療過誤において私的鑑定意見を依頼する際の注意点と信用性が問題となった判例(最判平成11年3月23日)

医療水準とは

医療過誤に基づき損害賠償を請求する場合、その法的根拠は、「不法行為に基づく損害賠償請求」か、「債務不履行に基づく損害賠償請求」であることがほとんでしょう。

そして、いずれの法律構成で請求する場合でも、患者の側で医師の故意または過失を立証する必要があります。さすがに、医師が故意により医療過誤を起こすケースは、極めて少数でしょう。従って、通常の医療事故訴訟では、患者側が医師の過失を主張立証する必要があります。

ここにいう「過失」とは、一番分かりやすい言葉でいうと、「具体的な注意義務に違反すること」をいいます。

医師は、人の生命・身体に直接的に関わる業務に従事する者であることから、患者を危険から遠ざけるべき最善の注意を尽くすべき立場にあります。

このような医師という立場の性質上、医師が診療にあたる場合、医師には高度の注意義務が要求されることになります。この、医師が負うべき高度の注意義務の判断基準を、「医療水準」といいます。

この水準に満たない医療行為がなされた場合や、この水準に適合した医療行為がなされなかった場合、医師の過失が肯定されます。また、医師が負う転医義務の有無、説明義務の範囲についても、医療水準に基づいて判断されることになります。

では、その「医療水準」はどのように判断されるのでしょうか。
医師といっても大学病院の医師から地域の診療所の医師までおり、その専門とする分野も様々ですが、その求められる医療水準は同じなのでしょうか。

医療水準とは具体的にはどのような基準で判断されるのか、過去の2つの最高裁判例に照らして、述べていきます。

医療水準の判断基準に関連する医療過誤判例

最判S57・3・30 集民135・563

「人の生命及び健康を管理すべき義務に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるが、右注意義務の基準となるものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である・・」

と判示しています。

この判例のポイントは2つです。「診療当時」医療水準で判断するということです。これは注意義務違反があった時点で判断するという点で当然の判示だと思います。次に、「臨床医学」の実践における医療水準で判断するということです。これは、現在発表されている最先端の医学研究の結果から判断するというのではなく、医療現場で実際に行われている臨床レベルの医療水準で判断するということを示すものです。

したがって、医療過誤の注意義務違反を主張するためには、診療時(医療ミス当時)の実際の現場でどのような医療がなされていたのかを調べる必要があることになります。

最判H7・6・9 民集49・6・1499

「ある新規の治療法の存在を前提にして検査・診断・治療等に当たることが診療契約に基づき医療機関に要求される医療水準であるかどうかを決定するについては、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであり、右の事情を捨象してすべての医療機関について診療契約に基づき要求される医療水準を一律に解するのは相当でない。そして、新規の治療法に関する知見が当該医療関係と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められない場合には、特段の事情が存在しない限り、右知見は右医療機関にとっての医療水準であるというべきである。」

と判示しています。

この判例のポイントは、①の判例が示した「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」が全国一律に絶対的な基準でないという点です。すなわち、(ⅰ)診療に当たった当該医師の専門分野(ⅱ)当該医師の診療活動の場が大学病院、総合病院、専門病院、一般診療機関のいずれかであるという診療機関の性格、(ⅲ)当該診療機関の存在する地域の医療機関の特性等を考慮して医療水準を判断するということです。

二つの判例から、過失判断で求められている医療水準とは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であり、臨床医学の水準は、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮することになります。

そこで、弁護士としては、その病院の規模、取扱い分野、近隣の病院の規模、取扱い分野、連携等を検討する必要になります。

新規の治療法は、通常、先進的研究機関を有する大学病院や専門病院、地域の根幹となる総合病院、その他の総合病院、小規模病院、一般開業医の診療所の順で普及するとされています。そのため、通常はこの順番で医療水準も上下しうることとなります。

なお、上記最高裁は、医師の専門分野によって普及の程度が異なることについても触れているところ、医師の専門分野も考慮要素になります(下記最判平成8・1・23(ぺルカミンS事件))。

以上のように、過失の判断の前提となる医療水準は事案ごとに異なりますから、患者側としては、その医療機関にどれほどの医療水準が求められていたのかについて、医療機関の性格などを踏まえて主張・立証することが重要となります。

医療過誤によってどれだけ多くの損害が発生したとしても、医師の過失(または故意)を立証出来なければ、損害賠償請求は原則として認められません。そういった意味で、過失の有無は医療事故訴訟を始める上でのスタートラインと言えるでしょう。我々弁護士の立場としては、訴訟に勝つためには最高裁の立場の変化に敏感である必要があり、今後も注意深く判例を見守る必要があります。

いわゆる名医が医療ミスを犯した場合、医療水準は誰を基準にするのか?

ここまでは、医療水準に関して裁判所がどのように考えてきたのかということを紹介しました。そして、現代における判例の考え方としては、当該医師が診療に当たる際に置かれている諸条件を考慮したうえで医師に課せられる注意義務を意味する、との見解を採用していることも紹介しました。

では、当該疾病に対する治療に対する多くの治療実績、件数、評判を有するいわゆる名医が医療ミスを犯した場合、同様の環境に置かれた一般的な医師を基準とした医療水準が適用されるのか、名医とされる当該医師を基準として医療水準を考えるのか、どのように考えるべきなのでしょうか?

この点について、参考になる裁判例として、東京高裁平成10年2月26日(判タ1016号192頁)があります。

この裁判例の中では、医療水準論の他にも争点がありますが、医療水準論に関する争点に関し、職場の定期健康診断において撮影された胸部レントゲンフィルムの読影を担当する医師に課せられる注意義務の程度が争点になりました。

裁判例は、「債務不履行又は不法行為をもって問われる医師の注意義務の基準となるべきものは、当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であって」、「定期健康診断におけるレントゲン読影医の注意義務の水準としては、これを行う一般臨床医の医療水準をもって判断せざるをえないというべきであり、このことは、被控訴人がレントゲン写真の読影につき豊富な経験を有していたとしても異ならない。」と判断しています。

つまり、この裁判例は、レントゲン読影医に課せられた医療水準の判断に関しては、レントゲン読影につき豊富な経験を有するという属人的な要素は判断から除くという判示をしています。

ただし、この裁判例は、職場の定期健康診断は、具体的な疾患を罹患しているとの疑いがある患者に対して行われる精密検査とは異なりレントゲンの読影医は大量のレントゲン写真を短時間に読影するものであるという診断態様の特殊性を考慮し、注意義務の程度にはおのずと限界がある旨をも判示していることから、果たして一般化してよいものか、という疑問が残ります。

確かに、そもそも裁判所は医療水準を、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である」と抽象的に位置付けています。

また、名医であるがゆえに、一般の医師であれば責任を問われないような診療行為に対して責任を問われるならば、医師は実績を積み、名医と呼ばれる域まで研鑽を積むことに消極的になるおそれがあります。

しかし、患者としては、当該医師が名医であるとの評判を聞きつけて当該医者に治療を頼んだような場合、当該医師であれば可能であるはずの技術が駆使されなかった場合や、当該医師であれば犯さないようなミスを犯した場合、期待を大きく裏切られる形になります。

個人的には、実績のある医師であるという属人的要素が医療水準の考慮要素となるのかどうかというよりも、当該医師に課せられる具体的な注意義務の程度とは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準を基準としたうえで、当該医師の専門分野や実績などと診療環境・診療内容・診療態様との相関関係で相対的に決定されるものではないか思います。

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