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東大ルンバールショック事件(②:判決編)

【裁判例】東大ルンバールショック事件(②:判決編)

東大ルンバールショック事件(②:判決編)

医学博士・弁護士 金﨑 浩之

事案の概要

X(原告、本件患児当時3歳)は、昭和30年9月6日、化膿性髄膜炎のため、東大医学部付属病院に入院。担当医らは、同年9月17日、Xに対し、ルンバールという治療を実施したところ、突然、嘔吐・意識混濁・痙攣発作を起こし、右半身麻痺・発語障害・知能障害・性格障害等の重篤な後遺症を残した。

第1審判決

1 判決

請求棄却(原告敗訴)

2 本件発作による原告の病変の原因

(1) 結論

9月17日に施行されたルンバールのために惹起された脳出血。

(2) 理由

①本件発作は、原告の病状が入院当初の重篤な病状から快方に向かい、症状も軽快していた段階で、本件ルンバールにより突然起こっている。

②本件発作後である9月19日の髄液検査の結果が発作前よりも良い結果を示している(9.15:72/3→9.19:67/3)。

③原告には入院当初より出血傾向が認められ、本件発作当時も血管が脆弱で出血傾向が認められた。

④本件発作が突然の痙攣を伴う意識混濁で始まっている。

⑤本件発作の際の痙攣が特に右半身に強く現われ、その後、右半身不全麻痺になったが、脳波所見によっても異常部位が脳実質の左部にあると判断されている。

⑥本件発作後から退院まで、主治医は、発作の原因を脳出血であると判断して治療を行っていた。

(3) 髄膜炎の再燃であるという被告の主張について

①入院から本件発作まで一貫して順調に快方に向かっていた。

②鑑定結果によっても、再燃の可能性は否定できないが極めて少ないと認められる。

③本件発作の前後を通じても、他に特別に再燃を予想されるような事実も認められない。

④D鑑定の内容は、本件の原因が脳出血と認定することと矛盾しない。

⑤A賀鑑定は、髄膜炎の再燃が最も考えられるとしているが、重要な拠り所としている脳波所見の解釈が長谷川鑑定と異なり直ちに採用できない。

⑥A鑑定も、脳出血の可能性を否定していない。

3 因果関係

(1) 結論

本件ルンバールと本件発作・脳出血との間に因果関係あり(肯定)。

(2) 理由

入院当初から原告の病状は快方に向かっていたのに、本件ルンバール施行後わずか15分から20分で本件発作が起こっている。
他に本件発作の原因となるべき特段の事情が認められない限り、本件ルンバールにより本件発作及び脳出血が起こったものと推認するのが妥当

4 過失

(1) H医師(担当医師)の過失
①食事直後に実施した点について
過失なし。
ア) ルンバールの開始時刻は明らかではないが、いずれにせよ、昼食後30分以内には開始されていると認定。

イ) 糸賀・市橋によれば、食直後のルンバールは、頭痛、嘔吐等の副作用が発現することがあるので避けることが望ましいと言えるだけで、そのために脳出血等の重大な脳障害を惹起する原因や誘引となるとは考えられない(この点について、原告は具体的に主張していない)。

②本件ルンバールを中止すべきであったか否か
過失なし。
ア) ペニシリンは、注射の場合、髄液移行性が悪いのに対し、ルンバールであれば、髄腔内に比較的高い濃度で長時間存在させられるので、最も有効な治療法

イ) 一貫して快方に向かったとしても、依然として髄液中の細胞数も正常域にはおらず抗生剤の耐性化を避けるためにも、ルンバール施行の必要性があった。

ウ) 可及的に完全治癒を意図する以上、たとえ一旦中止して原告の興奮がおさまるのを待ったとしても、再度実施する場合に、原告は前と同じ状態で拒否するものと推定される。

③無理に押さえつけて興奮させたことについて
ルンバール施行のためには、原告を固定させる必要があり、その必要性を越えていたとは認められない。

④数回穿刺に失敗した点について
過失なし。
ア) 1回で成功したとは認められないが、数回失敗したと認める証拠はない。

イ) 糸賀鑑定によれば、数回穿することは臨床現場では希ではないし、そのことで脳出血を起こす可能性はほとんど考えられない。

ウ) 出血傾向があったことを認識していただけで、穿刺の失敗で重篤な脳障害を起こすことを予見することはできない。

⑤髄液の採取量、ペニシリンの注入量について
過失なし。
9月17日に実施されたルンバールで採取された髄液は二cc、注入したペニシリンは五万単位であることが認められるが、細心の注意を欠いたとは認められない。

⑥看護上の過失について(当直医・看護師らへの指示懈怠)
過失なし。
ア) 患者に対する治療処置等の連絡は、通常カルテを通じてなされており、本件ルンバールについてもカルテに記載されている。

イ) 昼食後にルンバールを施行したこと以外に、特段異常なことがなかった。

(2) T医師の過失(H医師の上司)
① 指導・監督上の過失
過失なし。
T医師の指導・監督上の過失は、H医師の過失を前提とするが、前記のとおり、H医師に過失はない。

② 「ルンバールの後は嘔吐することがある」と言って帰宅した点について
過失なし。
医学的知見から、ルンバールの副作用として嘔吐があることが認められ、T医師が帰宅した時点において、嘔吐以外に異常はなく、その後の発作を予想させるような事実があったとは認められない。

(3) 教授の過失
指導・監督上の過失なし。
教授の過失は、H医師の過失を前提とするものであるが、前記のとおり、H医師には過失がない。

第2審判決

1 判決

控訴棄却(原告敗訴)
※一審が認めた“因果関係”を否定することで、過失の有無の判断は不要とする論法で控訴を棄却。

2 因果関係の有無

(1) 結論
因果関係は認められない。

(2) 理由
① 脳波所見に関するC鑑定からは、脳出血の有無は判断できない。

② B鑑定は、脳出血が原因であることの有力な資料となりうるが、A、C、Dの各鑑定人らは、髄膜炎の再燃またはこれに随伴する脳実質の病変の再燃と見られるとしている。→脳出血か髄膜炎の再燃か判定し難い。

③ 本件臨床経過から、脳実質の病変の再燃は、本件ルンバールにより生じたのではないかとの疑いを強くさせるが、A、B、Dの各鑑定結果に照らすと、そのように判定するにはなお躊躇せざるを得ず、右病変の原因がルンバールの施行にあることを断定し難い

最高裁判決

1 判決

破棄・差戻し
因果関係を肯定し(原審の破棄部分)、過失について審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。

2 判決要旨

訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。

(1)B鑑定人は、本件発作が突然の痙攣を伴う意識混濁で始まり、後に失語症・右半身不全麻痺等を来した臨床症状に照らすと、右発作の原因として、脳出血が一番考えられるとしていること、
(2)脳波研究の専門家であるC鑑定人は、結論において断定を避けながらも、「これらの脳波所見は、脳機能不全と、左側頭部及び側頭葉を中心とする何らかの病変を想定させる。病巣部ないし異常部位は、脳実質の左部にあると判断されるとしていること、
(3)本件発作は、上告人(原告)の病状が一貫して軽快しつつある段階において、本件ルンバール実施後15分ないし20分を経て突然に発生したものであり、他方、化膿性髄膜炎の再燃する蓋然性は通常低いものとされており、当時、これが再燃するような特別の事情も認められなかったこと、
以上の事実関係を、因果関係に関する前記説示した見地にたって総合検討すると、他に特段の事情が認められない限り、経験則上本件発作とその後の病変の原因は脳出血であり、これが本件ルンバールに因って発生したものというべく、上告人の本件発作及びその後の病変と本件ルンバールとの間の因果関係を肯定するのが相当である。

3 大塚喜一郎裁判官の捕捉意見

(1) B鑑定について
省略(判例要旨と同様)

(2) D鑑定について
結論的には想定しうる原因のいずれとも断定していないが、「出血性素因があったと思われるから、丁度ルンバールを行った時、これによって出血傾向を増す何らかの要因が加わったかもしれない」とし、少なくとも本件発作と脳出血との因果関係の可能性を肯定している。

(3) C鑑定
省略(判例要旨と同様)

(4) A鑑定
専門家であるC鑑定を信用すべきである。

(5) T医師、教授の証言
髄膜炎の再燃と見られるという証人らの意見は、B鑑定、C鑑定に照らし、採用できない。

差戻し控訴審判決

1 鑑定

(1) E鑑定(解読できる範囲で)
① 食事直後に実施したこと
通常は、食事直後に実施するのは避けるべき。しかし、救急外来等で来院したときは、食事との関係をあまり考慮せずに実施することもある。
どの程度の食事量を摂取したか明らかでないが、ルンバール施行の必要性はあった。入院患者なので、事情が許せば、他の時間帯に実施するのが安全な方法であろう。

②乱暴に患者を固定したこと
患者を完全に固定しないと、ルンバールの目的を達成できない。

③数回穿刺に失敗したこと
数回の刺し直しにより髄液は得られている(脊髄腔閉塞の心配なし)。
出血も認められない(血管損傷があったとしても軽微)

(2) F鑑定
①鎮静・麻酔について
特別な場合を除いて、薬物による鎮静は行わない。
局所麻酔は、成人に対しては行うが、小児では、一旦恐怖におののくと、局所麻酔にも抵抗するので、局所麻酔も行わずに腰椎穿刺を実施すること多い。

②患児の固定について
ルンバールを実施するには、十分な固定が必要となる。
小児が興奮しているときには、脳圧の正確な測定はできないので、十分な固定を行ったまま、ルンバールによる髄液採取、抗生剤の投与を行うのが常である。

③食直後にルンバールを施行したことは適切か。
食直後のルンバールを避けるのは、まれに嘔吐があるから。食後の嘔吐は、胃の内容物が大量にあるため、幼児の場合、吐物が気道に逆流したり、気道閉塞を起こすことがある。
しかし、食直後のルンバールの回避は絶対的なものではなく、これも理由に直ちに医療上の不手際であるということはできない。

④患児固定の方法が乱暴であったことについて
患児の固定は、ルンバールを施行するうえで不可欠である。
安全に手技を行うためには、固定は厳重でなければならない。やむを得ず、馬乗りになることも、しばしば行われる。したがって、泣き叫ぶ患児を固定するために、馬乗り等をしたことをもって、医療上の不手際ということはできない。

⑤数回穿刺に失敗した点について
幼児に対するルンバールの施行は、たとえ手技に習熟していても、容易ではない。まして、暴れて抵抗する幼児の場合、固定すること自体が困難である。
したがって、やむなく数回の穿刺を行うことも希ではない。

⑥ルンバールを中止せずに続行したことは適切か。
適応がある以上、続行するのが通常である。泣き暴れるからといって中止することは通常ない。

⑦腰椎穿刺と脳出血の関係について
腰椎穿刺の副作用として、頭痛、嘔吐、発熱等がある。また、合併症としては、頭蓋内圧亢進時に腰椎穿刺を行ったことによる脳ヘルニア、迷走神経反射による呼吸停止等があるが、脳出血が合併症として紹介されている例はない。
泣き叫び暴れる患者の血圧は上昇するが、これがために脳出血などの重篤な脳障害が惹起されることなど、日常の臨床で到底考えの及ばないことである。

⑧血管の強度について
血管の強度(脆弱性)の検査(ルンペルレーデ現象)結果が陽性であったからといって、腰椎穿刺を中止することはない。また、血管の脆弱度と脳出血の発生率との間に密接な関係はない。
したがって、腰椎穿刺にあたって、脳出血の発症を予想することはできない。

2 判決の要旨

(1) 結論
認容(過失あり)

(2) 理由
① ルンバールと脳出血に関係する医学的知見
一般に重篤な化膿性髄膜炎、特に敗血症を伴う場合には、血管の脆弱性を含む血管の障害を生じていることは希ではなく、幼児の化膿性髄膜炎が重篤な場合には、脳出血を生じるおそれがあることが小児科学の文献等にも記載されている。

②本件患児の出血傾向について
9月21日、同月23日、10月2日、同月8日(いずれも本件ルンバール施行後)、ルンペルレーデ現象の検査陽性で、出血傾向が認められている。

③本件ルンバール施行時も絶対安静が指示されていたのであり、このような患児においては、血管が全般的に脆弱となり、出血を伴う血管障害を生じていることも予想され、脳出血を生じた症例も知られていた
→ルンバール施術に要する時間、方法から患児に与える影響が大きい場合には、治療目的を越えて患児に害悪を及ぼし、場合によっては脳出血等の発生させることもなることを予想できたというべきである。
したがって、ルンバールを施行する医師は、上記副作用を避けるために、局所麻酔の要否を検討すべきであり、ルンバールを開始してからも、患者の全身状態、ルンバールが患者に与えるショックの程度を十分観察し慎重に行うべきであり、ルンバールの患児に与える影響が異常に大きくなる場合には、直ちにルンバール施行を中止すべき注意義務を負っていた。

④あてはめ
本件ルンバールが施行された方法、時間、経過に照らせば、本件ルンバールは、患児に対し、異常に大きなショックを与えたものと推認でき、患児の全身状態からそのショックの程度を判断するのは容易であったというべきであり、局所麻酔を考慮するなどして、右ショックの軽減を図るか、それが相当でない場合には、施術を中止すべきであった。

検討

1 最高裁は条件関係(‘but for’テスト)を採用しているか。

問題意識:「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる」という表現は、「あれなければこれなし」(条件関係)という判断枠組みを使っていないのではないか。
条件関係:Aという事実がなければ、Bという結果は発生しなかった。
最高裁:Aという事実がBという結果を招来させた。
参考:合法則的条件関係説VS不可欠的条件関係説(伝統的理論)

2 「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではない」とした部分と、「その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる」とした部分の整合性

-仮説(私見)-
A説 通常人基準+専門的知見と矛盾せず
B説 専門知見を前提とした通常人基準
C説 緩和された合理的専門家基準

3 法社会学の視点

専門職が隣接職に対して自らの職域を主張することを“管轄権”の主張という(渡辺千原著「訴訟と専門知」第6章「医療訴訟における専門家と専門知」176頁)。

-私見-
(1) 法律家の管轄権
最高裁、一審、差戻し控訴審

(2) 医療者の管轄権
控訴審(第二審)

4 専門的知見と採証法則

最高裁平成18年1月27日第二小法廷判決
「原審は、…中略…G意見書(患者側提出)の意見が相当の合理性を有することを否定できないものであり、むしろE意見書(医療機関側提出)の意見の方に疑問があると思われるにもかかわらず、G意見書とE意見書の各内容を十分に比較検討するという手続を執ることなく、E意見書(医療機関側提出)を主たる根拠として直ちに、X(患者)のショック状態による重篤化を防止する義務があったとはいえないとしたものではないかと考えられる。
このことは…中略…原審の判示中にG意見書(患者側)について触れた部分が全く見当たらないことからもうかがえる。このような原審の判断は、採証法則に違反するものといわざるを得ない」

5 残された課題

(1)高度の蓋然性理論における“高度”とは?
(2)因果関係の終点である“結果”とは?死亡か、それとも当該時点における死亡か?
(3)不作為型の因果関係についてどう考えるか?

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