【相談事例】乳癌「癌が見つかってから約8ヶ月後に他界」| 医療事故 医療過誤 / 弁護士法人ALG&Associates
相談事例.1 乳癌「癌が見つかってから約8ヶ月後に他界」
相談内容
平成○年○月、市が実施している集団検診において、妻が乳癌検診(マンモグラフィー)を受けました。
その時は異常なしという検査結果だったので、安心していたのですが、その約1年10ヶ月後、胸にしこりを感じるようになったので大きな病院で検査したところ、乳癌が見つかったのです。
ところが、すでに肺にも転移していたようで、化学療法を行いましたが、癌が見つかってから約8ヶ月後に他界しました。
不審に思った私は、もしかしたら、市が実施した集団検診のときに行った乳癌検診の際に、妻は既に乳癌になっていたのではないか、その時のマンモグラフィーに乳癌が映っているのではないかと疑い、当時の画像を入手して、別の病院でセカンド・オピニオンを求めたところ、癌の可能性を疑える影が映っているとの説明を受けました。
そういうわけで、私は、乳癌検診の時に癌を見落とした医者に責任があるのではないかと疑っております。
もしその医者が妻の癌を見落としたというのであれば、裁判も辞さないという気持ちです。
弁護士の回答
最初に大前提として申し上げておきたいことは、癌を疑える異常所見を見落したことから直ちに医者に過失あり、とは言えません。
セカンド・オピニオンとして画像を読まれた医師は、奥様が乳癌であったことを前提に読影されておりますので、異常所見を発見する精度は当然上がります。
その医師が異常所見を指摘できたからといって、集団検診時にも、受診者の画像を読んで、ちゃんと異常所見を指摘できたかどうかは分からないのです。
また、乳癌の見付けやすさは、腫瘍の大きさも関係しますが、受診者の年齢も関係してきます。
一般的に、高齢であればあるほど、乳腺組織よりも脂肪組織が多くなります。
脂肪は、マンモグラフィーでは黒く映り、腫瘍などの病変は白く映りますので、小さな病変でも発見しやすくなりますが、比較的若い女性で乳腺組織が豊富ですと、乳腺は白く映りますので病変も隠れやすくなるわけです。
さらに、集団検診時に読影した医師が、どのようなスケジュールで奥様の画像を読影したかも問題となり得ます。
一般論ですが、集団検診の場合は、多くの受診者の画像を限られたスケジュールの中で読影しなければなりませんので、その分読影の正確さは下がってしまいます。
実は、集団検診における肺癌見落しの裁判例では、このような事情を考慮して医師に過失なしとした事例がたくさんあるのです。
もっとも、集団検診で胸部のX線写真を撮影される受診者の数と比べれば、希望者に限定されるマンモグラフィー検査の受診者数はずっと少ないはずですから、この点では、肺癌見落しの裁判例と同じような理屈で医師の過失なしと判断されることはないと思います。
ただし、任意型検診に比べれば、タイトなスケジュールで読影しているはずなので、その点は考慮されるはずです。
仮に、奥様の集団検診時の異常所見が、乳腺組織に隠れて見付けにくいとかいった事情もなく、またその陰影の形や大きさ、濃度などから精密検査を要すると判断できそうなものであれば、その読影した医師に過失があると判断される可能性が高まります。
ただし、乳腺の腫瘍には良性疾患も数多くありますので、良性と判断されるような病変だと過失なしという判断に流れるでしょう。
少なくともその異常所見が、良性であることを示唆していても、悪性の可能性を否定できないというカテゴリーに入らないと過失の立証は難しくなると思います。
ところで、仮に医師に過失があると判断されたとしても、直ちにその医師に責任があることにはなりません。
その医師に賠償責任が生じるためには、過失のほかに因果関係というのも必要となるからです。
つまり、仮にその医師が集団検診の時に癌を見付け、速やかに治療を行うことができたとしても奥様の死亡を避けられなかった、あるいは延命できたかどうかも分からないということになれば、医師に責任を問えなくなるのです。
医師たちはこれを予後という言葉で表現するのですが、仮に癌を見落としていなければ予後が変わったか否か、これが裁判では大きな争点となるのです。
この点で重要なポイントとなるのは、集団検診時の画像からどこまで病期を推定できるかという点と、奥様の乳癌の組織型やサブタイプが何かという点になると思います。
例えば、奥様の乳癌が硬癌(スキルス)ということになると、予後は極めて不良です。
また、サブタイプ分類で、エストロゲンやプロゲステロンという女性ホルモンが高発現しているタイプの乳癌であれば、予後が良いものが多く、救命の可能性が高まりますが、トリプルネガティブ乳癌といって、エストロゲン、プロゲステロンも陰性、HER2も陰性の乳癌の場合は予後不良なものが多いようです。
この場合は救命の可能性も難しく、延命できたとしても長期延命は期待できないと判断される可能性があります。
これらの事情は画像だけでは判断できません。
この点については、実際に奥様の癌を治療した病院が詳しく検査して調べているはずですので、その病院の診療記録も全て取り寄せる必要があると思います。
それらの関係資料が全て集まったら、協力医にそれらを全て検討してもらい、医師の過失と因果関係を立証できる見込みが立てば、訴訟提起を真剣に検討してみてもよいと思います。
転帰
診療記録を取り寄せ精査したところ、本症例の乳癌は浸潤性ではあったが、硬癌などの悪性度が高い乳癌ではなく、また、エストロゲンとプロゲステロンも高発現の乳癌で比較的予後も良く、ホルモン療法も奏功するタイプの乳癌であり治療の選択肢も多いタイプの乳癌であることがわかった。
画像所見も、協力医の見立てでは、悪性の疑い又は良性であるが悪性の疑いも否定できないというカテゴリーの間の所見であり、画像上から高度に進行した乳癌ではないことも分かった。
明らかなリンパ節転移の所見も認められなかった。
なお、腫瘍病変が乳腺組織に隠れてしまっているという事情もなく、病変の拾い上げも困難ではないと思われた。
本症例は、これらの事情を考慮して訴訟提起に踏み切り、高額和解で終了した。